1933年の廃疾保険(農業)条約(第38号)

ILO条約 | 1933/06/29

農業的企業に使用せらるる者の為の強制廃疾保険に関する条約(第38号)
(日本は未批准、仮訳)

 国際労働機関の総会は、
 国際労働事務局の理事会に依りジユネーヴに招集せられ、千九百三十三年六月八日を以て其の第十七回会議を開催し、
 右会議の会議事項の第二項目の一部たる強制廃疾保険に関する提案の採択を決議し、且
 該提案は国際条約の形式に依るべきものなることを決定し、
 国際労働機関の締盟国に依り批准せらるるが為、国際労働機関憲章の規定に従ひ、千九百三十三年六月二十九日、千九百三十三年の廃疾保険(農業)条約と称せられるべき左の条約を採択す。

第 一 条

 本条約を批准する国際労働機関の各締盟国は、本条約に掲げらるる規定と少くとも同等なる規定に基く強制廃疾保険制度を設け又は維持することを約す。

第 二 条

1 強制廃疾保険制度は、農業的企業に使用せらるる筋肉及非筋肉労働者(徒弟を含む。)並に農業使用者の家庭に使用せらるる家庭使用人に之を適用す。
2 尤も締盟国は、左記に関し必要と認むる例外を其の国内の法令又は規則に於て設くることを得。
 (a) 所定の額を超ゆる報酬を受くる労働者、及国内の法令又は規則に於て本例外が一般的と為されざる場合に於ては、通常自由職業として認めらるる職業に従事する非筋肉労働者
 (b) 金銭賃金を支払はれざる労働者
 (c) 所定年令未満の年少労働者及初めて労務に就く時被保険者と為るには老令に過ぐる労働者
 (d) 家内労働者にして其の労働状態が通常の賃金労働者の労働状態と同様の性質を有せざるもの
 (e) 使用者の家に属する者
 (f) 労務の全期間が必然的に短き為給付を受くる資格を取得し得ざるが如き性質の労務に従事する労働者及専ら随時的又は補助的労務に従事する者
 (g) 廃疾労働者及廃疾年金又は老令年金を受くる労働者
 (h) 報酬を得て使用せらるる退職官公吏及私の収入を有する者。尤も退職年金又は私の収入が国内の法令又は規則に依り定めらるる廃疾年金と少くとも均しき場合に限る。
 (i) 労働者にして其の習業中其の習業に該当する職業の為の準備として報酬を得て教授又は労働を為すもの
3 又尤も法令、規則又は特殊の制度に依り本条約に定めらるる廃疾給付と全体として少くとも同等なる廃疾給付を受くる権利を有し又は有するに至るべき者は、保険加入義務より免除せらるることを得。

第 三 条

 国内の法令又は規則は、之に依り定めらるべき条件に従ひ、前に強制被保険者たりし者にして年金を受けざるものに其の保険を任意に継続することを得しむるか、又は特に料金の定期的払込に依り右の者に権利を保全することを得しむべし。尤も右権利が自動的に保全せられ、又は有夫の婦に付ては夫が強制保険に加入する義務なくとも任意に保険に加入し且之に依り其の妻に老令年金又は寡婦年金を受くる資格を取得せしむることを許さるる場合は此の限に在らず。

第 四 条

1 被保険者にして一般的に労働不能と為り且之が為相当の報酬を得ることを能はざるに至るものは、廃疾年金を受くる権利を有すべし。
2 尤も国内の法令又は規則にして被保険者に廃疾の間医療手当及看護を確保し、且廃疾者が死亡するときは年令又は廃疾に関する条件なくして寡婦に及孤児に全率の年金を確保するものは、廃疾年金の支給に付、被保険者が有償労働を為す能はざることを条件と為すことを得。
3 非筋肉労働者の為の特殊制度に在りては、被保険者にして労働不能と為り之が為其の通常従事し居りたる職業又は類似の職業に於て相当の報酬を得ること能はざるに至るものは、廃疾年金を受くる権利を有すべし。

 

第 五 条

1 第六条の規定に拘らず、年金を受くる権利に付ては、資格期間の完了を条件と為すことを得。右資格期間は、保険加入以降に於ける及保険事故発生直前の所定期間中に於ける最少回数の醵出金の払込を包含することを得。
2 資格期間の長さは、醵出六十月、醵出二百五十週又は醵出千五百日を超えざるべし。
3 資格期間の完了が保険事故発生直前の所定期間中に於ける所定回数の醵出金の払込を包含する場合に於ては、一時的労働不能又は失業に関し給付の支払はれたる期間は、国内の法令又は規則に依り定めらるる程度及条件に於て醵出期間として計算せらるべし。

第 六 条

1 被保険者にして自己の勘定の貸方に記入せらるる醵出金の払戻たる給付を受くる権利を取得することなくして保険加入義務なきに至るものは、右醵出金に関する権利を保持すべし。
2 尤も国内の法令又は規則は、被保険者が保険加入義務なきに至れる日より起算せらるる期間の満了の上、醵出金に関する権利を消滅せしむることを得。右期間は、固定せざるもの又は固定せるものたるべし。
 (a) 期間が固定せざる場合には、右期間は、保険加入以降醵出金が貸方に記入せられたる期間の全体(醵出金が貸方に記入せられざりし期間を除く。)の三分の一を下らざるべし。
 (b) 期間が固定せる場合には、右期間は、如何なる場合に於ても十八月を下らざるべく、且右期間中国内の法令又は規則に依り規定せらるる最少回数の醵出金が強制保険又は任意継続保険に依り被保険者の勘定の貸方に記入せらるる場合に非ざる限り、醵出金に関する権利は、右期間の満了の上之を消滅せしむることを得。

第 七 条

1 年金は、保険加入期間に応ずると否とを問はず、固定額なるか、保険の為に考慮せらるる報酬の割合なるか又は払込まれたる醵出金の額に応じて変化するものなるべし。
2 年金が保険加入期間に応じて変化し且其の支給が被保険者に依る資格期間の完了を条件と為さるる場合には、年金は、最低率が保障せられざる限り、保険加入期間に関係なき固定額又は固定部分を包含すべし。
3 醵出金が報酬に応じ差等ある場合には、之が為に考慮せらるる報酬は、年金が保険加入期間に応じて変化すると否とを問はず、年金の算定上亦考慮せらるべし。

第 八 条

 保険機関は、国内の法令又は規則に依り定めらるべき条件に従ひ、廃疾の理由に依り年金を受くる者又は之を請求する権利を有することあるべき者に対し、廃疾を予防し、遅延せしめ、軽減し又は治療する為現物給付を支給することを許容せらるべし。

第 九 条

1 給付を受くる権利は、関係者が左記に該当するときは、全部又は一部剥奪せられ又は停止せらるることを得。
 (a) 刑事犯罪又は故意の非行に依り其の廃疾を招きたるとき、又は
 (b) 保険機関に対し詐欺的行為を為したるとき
2 年金は、関係者が左記に該当する間、全部又は一部停止せらるることを得。
 (a) 公の費用に於て又は社会保険機関に依り完全に扶養せらるるとき
 (b) 正当の事由なくして医師の命令に従うこと若は廃疾者の所為に関する其の指揮に従うことを拒絶し、又は任意に且許可を得ずして保険機関の監督を離るるとき
 (c) 強制社会保険、年金又は労働者の災害補償若は職業病補償に関する法令又は規則に依り支払はるる他の定期的現金給付を受くるとき、又は
 (d) 強制保険の適用を受くる労務に従事し又は非筋肉労働者の為の特殊制度に在りては所定の率を超ゆる報酬を受くるとき

第 十 条

1 被保険者及其の使用者は、保険制度の財源に醵出すべし。
2 国内の法令又は規則は、左の者に醵出金払込義務を免除することを得。
 (a) 徒弟及所定年令未満の年少労働者
 (b) 労働者にして金銭賃金を支払はれざるもの又は其の賃金が極めて低きもの
 (c) 使用せらるる労働者の数に関係なき基礎に於て算定せらるる醵出金を払込む使用者に使用せらるる労働者
3 使用者よりの醵出金は、範囲を被用者に制限せざる国民保険制度に関する法令又は規則に依り、免除せらるることを得。
4 公の機関は、一般被用者又は筋肉労働者を包含する保険制度の財源又は給付に醵出すべし。
5 国内の法令又は規則にして本条約採択の当時被保険者よりの醵出金を要求せざるものは、引続き右醵出金を要求せざることを得。

第 十 一 条

1 保険制度は、公の機関に依りて設立せられ且営利の目的を以て経営せられざる機関に依り又は国の保険基金に依り、管理せらるべし。
2 尤も国内の法令又は規則は、右の管理を関係当事者の又は其の団体の発意に基き設立せられ且公の機関に依り適法に承認せらるる機関に委ぬることをも得るものとす。
3 保険機関の基金及国の保険基金は、公の基金より分離して管理せらるべし。
4 被保険者の代表者は、国内の法令又は規則に依り定めらるる条件に従ひ、保険機関の管理に参加すべく、又右の法令又は規則は、使用者及び公の機関の代表者の参加に関し定むることを得。
5 自治の保険機関は、公の機関の管理上及び財政上の監督の下に在るべし。

第 十 二 条

1 被保険者又は其の法定承継人は、給付に関する紛争に付出訴の権利を有すべし。
2 右紛争は、本職たると否とを問はず裁判官にして保険の目的及被保険者の要求を特に理解するもの又は被保険者及び使用者の代表者として夫夫選定せらるる補佐員に依り援助せらるるものを包含すべき特別裁判所の管轄とせらるべし。
3 保険加入義務又は醵出金の率に関する紛争に付ては、被用者は、出訴の権利を有すべく、又其の使用者は、使用者の醵出金に関し規定する制度の下に於て出訴の権利を有すべし。

第 十 三 条

1 外国人たる被用者は、内国民と同一の条件の下に、保険加入義務及醵出金払込義務に服すべし。
2 外国人たる被保険者及其の被扶養者は、内国民と同一の条件の下に、自己の勘定の貸方に記入せらるる醵出金より発生する給付を受くる権利を有すべし。
3 外国人たる被保険者及被扶養者にして本条約に依り拘束せられ従て法令又は規則に於て第十条に従ひ保険制度の財源又は給付に対する国の補助金に付規定する締盟国の国民たるものは、年金に対する補助金若は附加金又は年金の一部にして公の基金より支払はるるものを受くる権利をも有すべし。
4 尤も国内の法令又は規則は、年金に対する補助金若は附加金又は年金の一部にして公の基金より支払はれ且強制保険に付規定する法令又は規則が効力を発生する日に於て所定年令を超えたる被保険者に専ら支給せらるるものを受くる権利を内国民に限定することを得。
5 国外居住の場合に於て適用せらるることあるべき制限は、年金受給者及び其の被扶養者にして本条約に依り拘束せらるる締盟国の国民たり且右条約に依り拘束せらるる締盟国の領域内に居住するものに対しては、年金の取得せられたる国の国民に適用せらるる限度に於て適用せらるべし。尤も年金に対する補助金若は附加金又は年金の一部にして公の基金より支払はるるものは、之を支給せざることを得。

第 十 四 条

1 被用者の保険は、其の労務の場所に於て適用ある法令に依り規律せらるべし。
2 保険の継続の便宜の為、関係締盟国間の協定に依り右の原則に対する例外を設くることを得。

第 十 五 条

 締盟国は、国境労働者にして其の労務の場所は該締盟国の領域内に在り且其の居所は国外に在るものに付、特別の規定を設くることを得。

第 十 六 条

 本条約が最初に効力を発生する当時強制廃疾保険を定むる法令又は規則を有せざる国に於ては、以下第十七条乃至第二十三条に定めらるる条件に従ひ年金に対する個人的権利を保障する現存の無醵出年金制度は、本条約の要件を充すものと看做さるべし。

第 十 七 条

 一般的に労働不能と為り且之が為相当の報酬を得ること能はざるに至る者は、年金を受くる権利を有すべし。

第 十 八 条

 年金を受くる権利に付ては、請求者が請求を為す直前或期間当該締盟国の領域内に居住し居りたることを条件と為すことを得。右期間は、国内の法令又は規則に依り定めらるべきも五年を超えざるべし。

第 十 九 条

1 請求者は、其の資力の一年の価値が国内の法令又は規則に依り最低生活費を正当に考慮して定めらるべき限度を超えざるときは、年金を受くる権利を有すべし。
2 国内の法令又は規則に依り定めらるべき標準迄の資力は、資力の算定上除外せらるべし。

第 二 十 条

 年金の率は、除外せらるる資力を超ゆる請求者の資力を合して、少くとも年金受給者の基本的必要を充すに充分なる額たるべし。

第 二 十 一 条

1 請求者は、年金の支給又は年金の率に関する紛争に付、出訴の権利を有すべし。
2 出訴は、第一次の決定を与へたる機関以外の機関の管轄に属すべし。

第 二 十 二 条

1 外国人にして本条約に依り拘束せらるる締盟国の国民たるものは、内国民と同一の条件の下に年金を受くる権利を有すべし。
2 尤も国内の法令又は規則は、外国人に対する年金の支給に付、右外国人が内国民に対して規定せらるる居住期間を超ゆること五年以内の期間当該締盟国の領域内に居住し居りたることを条件と為すことを得。

第 二 十 三 条

1 年金を受くる権利は、関係者が左記に該当するときは、全部又は一部剥奪せられ又は停止せらるることを得。
 (a) 刑事犯罪又は故意の非行に依り其の廃疾を招きたるとき
 (b) 詐欺に依り年金を受けんとしたるとき
 (c) 刑事犯罪の為監禁の宣告を受けたるとき、又は
 (d) 自己の体力及能力の堪え得る労働に依り其の生計の資を得ることを固く拒みたるとき
2 年金は、関係者が公の費用に於て完全に扶養せらるる間は、全部又は一部停止せらるることを得。

第 二 十 四 条

 第十三条の規定の留保の下に、本条約は、国外居住の場合に於ける年金権の保全に関係せず。

第 二 十 五 条

 国際労働機関憲章に定むる条件に依る本条約の正式批准は、登録の為国際労働事務局長に之を通告すべし。

第 二 十 六 条

1 本条約は、国際労働事務局に其の批准を登録したる締盟国のみを拘束すべし。
2 本条約は、事務局長が国際労働機関の締盟国中の二国の批准を登録したる日の後十二月にして効力を発生すべし。
3 爾後本条約は、他の何れの締盟国に付ても、其の批准を登録したる日の後十二月にして効力を発生すべし。

第 二 十 七 条

 国際労働機関の締盟国中の二国の批准が国際労働事務局に登録せられたるときは、事務局長は、国際労働機関の一切の締盟国に右の旨を通告すべし。事務局長は、爾後該機関の他の締盟国の通告したる批准の登録を一切の締盟国に同様に通告すべし。

第 二 十 八 条

1 本条約を批准したる締盟国は、本条約の最初の効力発生の日より十年の期間満了後に於て、国際労働事務局長宛登録の為にする通告に依り之を廃棄することを得。右の廃棄は、該事務局に登録ありたる日の後一年間は其の効力を生ぜず。
2 本条約を批准したる各締盟国にして前項に掲ぐる十年の期間満了後一年以内に本条に定むる廃棄の権利を行使せざるものは、更に十年間拘束を受くべく、又爾後各十年の期間満了毎に本条に定むる条件に依り本条約を廃棄することを得。

第 二 十 九 条

 国際労働事務局の理事会は、本条約の効力発生より各十年の期間満了毎に本条約の施行に関する報告を総会に提出すべく、且其の全部又は一部の改正に関する問題を総会の会議事項に掲ぐべきや否やを審議すべし。

第 三 十 条

1 総会が本条約の全部又は一部を改正する新条約を採択する場合には、新条約が別段の定を為さざる限り、
 (a) 締盟国に依る新改正条約の批准は、新改正条約が効力を発生したるとき、前記第二十八条の規定に拘らず、当然に本条約の即時の廃棄を生ぜしむべし。
 (b) 新改正条約の効力発生の日より、本条約は、締盟国に依り批准せられ得ざるに至るべし。
2 本条約は、之を批准したるも改正条約を批准せざる締盟国に対しては、如何なる場合に於ても、其の現在の形式及内容に於て引続き効力を有すべし。

第 三 十 一 条

 本条約は、仏蘭西語及英吉利語の本文を以て共に正文とす。