1935年の移民年金権保全条約(第48号)

ILO条約 | 1935/06/22

廃疾、老令並に寡婦及び孤児保険に基く権利の保全の為の国際制度の確立に関する条約(第48号)
(日本は未批准、仮訳)

 

 国際労働機関の総会は、
 国際労働事務局の理事会に依りジユネーヴに招集せられ、千九百三十五年六月四日其の第十九回会議として会合し、
 右会議の会議事項の第一項目たる一国より他国へ居所を移す労働者の為の廃疾、老令並に寡婦及び孤児保険に基く取得の中途に在る権利及び既得の権利の保全に関する提案の採択を決議し、且
 該提案は国際条約の形式に依るべきものなることを決定し、
 千九百三十五年の移民年金権保全条約と称せらるべき左の条約を千九百三十五年六月二十二日採択す。

第 一 編 国際制度の確立

第 一 条

1 茲に国際労働機関の締盟国間に、強制の廃疾、老令並に寡婦及び孤児保険の機関(以下保険機関と称す。)の下に取得の中途に在る権利及び既得の権利の保全の為の制度を確立す。
2 本条約第二編、第三編、第四編及び第五編に於て、締盟国とは、国際労働機関の締盟国にして本条約に依り拘束せらるるもののみを謂ふ。

第 二 編 取得の中途に在る権利の保全

第 二 条

1 二又は三以上の締盟国の保険機関に加入し居りたる者の保険加入期間は、右の者の国籍の如何を問はず、左の準則に従ひ、右の各保険機関に依り、通算せらるべきものとす。
2 取得の中途に在る権利保全の為には、通算せらるべき期間は、左記のものとす。
 (a) 醵出金期間
 (b) 醵出金払込の要なきも当該経過期間を規律する法令又は規則に依り権利の保全せらるる期間
 (c) 他の締盟国の廃疾又は老令保険制度に依り現金給付の支払はれたる期間
 (d) 他の締盟国の他の社会保険制度に依り現金給付の支払はれたる期間。但し対当の給付を受くることに依り取得の中途に在る権利が通算を行ふ機関を規律する法令又は規則に依り保全せらるる場合に限る。
3(i)  資格期間(最短保険加入期間)が又は特殊の利益(最低保障金)を享受する権利の取得の為の所定醵出金回数が満されたりや否やの決定
 (ii)  権利の回復
 (iii) 任意保険加入権
 (iv)  医療及び看護を受くる権利
 に付ては、通算せらるべき期間左記の如し。
 (a) 醵出金期間
 (b) 醵出金払込の要なきも当該経過期間を規律する法令又は規則及び通算を行ふ機関を規律する法令又は規則に依り資格期間の計算上計上せらるる期間
4 尤も一締盟国の法令又は規則に於て、請求者が或利益を享受する権利を有するや否やの決定に付特殊保険制度の適用を受くる職業に於て経過したる期間のみが考慮せらるべき場合に於ては、2及び3に掲ぐる目的の為通算せらるべき期間は、他の締盟国の対当の特殊保険制度の下に経過したる期間に限らるべく、又当該職業に関する特殊保険制度を有せざる締盟国に関しては右職業に適用せらるる保険制度の下に右職業に於て経過したる期間に限らるべきものとす。
5 同時に二以上の締盟国の機関に於て経過せる醵出金期間及び類似の期間は、通算上之を一回とす。

第 三 条

1 通算せられたる保険加入期間に基き請求者に対し給付を為すべき各保険機関は、右機関を規律する法令及び規則に従ひ其の額を計算すべし。
2 保険加入期間に応じて変化する給付又は給付の構成分子にして支払義務ある機関を規律する法令及び規則の下に経過したる期間のみに依りて決定せらるるものは、減額することなくして支払はるべきものとす。
3 保険加入期間に関係なく決定せらるる給付又は給付の構成分子にして固定額、標準報酬の割合又は平均醵出金の倍数より成るものは、支払義務ある機関を規律する法令及び規則に依る給付の計算上算定せらるる期間と一切の関係機関を規律する法令及び規則に依る給付の計算上算定せらるる期間の全体との比率に応じて減額せらるることを得。
4 2及び3の規定は、年金に対する補助金若は附加金又は年金の一部にして公の基金より支払はるべきものに之を適用す。
5 医療費及び看護費の分担は、本条約之を規律せず。

第 四 条

 一締盟国の保険機関の下に経過したる保険加入期間が通計して醵出二十六週に達せざる場合に於ては、右一又は二以上の機関は、給付義務の承認を拒否することを得。右の如く給付義務の承認が拒否せられたる期間は、他の関係機関に於て第三条に依る減額を為すに当り考慮に入れられざるべきものとす。

第 五 条

1 二以上の締盟国の保険機関より給付を受くる権利を有する者、本条約なかりせば、右の機関の一の下に経過したる期間に関し第三条に依り受くべき給付の総計よりも多額の給付を右機関より受くべかりしときは、之より其の差額に均しき補足給付を受くる権利を有す。
2 右の補足給付が二以上の機関より支払はるべき場合には受給者に支払はるべき補足給付の総額は、此等の機関の一より支払はるべき右給付の最高額たるべく、且右の額は、各機関より個別的に支払はるべかりし補足給付に比例して各機関に依り分担せらるべきものとす。

第 六 条

 関係締盟国間の協定に依り左記に関し規定を設くることを得。
 (a) 第三条の規定とは異るも全体として同条の適用に依ると同等以上の結果を齎す如き方法に依り給付を計算すること。但し支払はるべき給付の総額は、一保険機関の下に経過したる期間に関し該機関より支払はるべき最高給付を下らざるべきものとす。
 (b) 一締盟国の保険機関其の被保険者の脱退のとき取得の中途に在りたる権利に相当する資金を其の新に加入したる他の締盟国の保険機関に払込みたるときは、右被保険者及び其の被扶養者に対する責任を免るることを得ること。但し後の機関が之に同意し且右資金を被保険者勘定に充当することを約する場合に限るものとす。
 (c) 締盟国の保険機関に依り支給せらるる給付の総額は、最有利なる法令及び規則に依り規律せらるる機関が通算せられたる保険加入期間に基き支払ふべき額を限度とすること。

第 七 条

 請求者は、其の加入し居りたる保険機関の一に給付請求を為すを以て足る。右機関は、右請求に示されたる他の機関に之を通告すべし。

第 八 条

 保険機関は、給付の請求を処理するに際し他の締盟国の通貨を以て表はされたる金額を換算するときは、右締盟国の主たる外国為替市場に於ける右請求の為されたる四半期の初日に於ける両国通貨の比率を採用すべし。但し関係締盟国の協定に依り他の換算方法を定むることを得。

第 九 条

 締盟国は、或締盟国の法令及び規則に定なき事故に関し給付の請求ありたる場合には、本条約本編の規定の適用を拒否することを得。

第 三 編 既得権の保全

第 十 条

1 一締盟国の保険機関に加入し居りたる者及び其の被扶養者は、左の場合に於ては、其の保険に依り権利を取得せる給付の全部を受くることを得。
 (a) 其の国籍の如何に拘らず締盟国の領域内に居住する場合
 (b) 其の居所の如何に拘らず締盟国の国民たる場合
2 尤も年金に対する補助金若は附加金又は年金の一部にして公の基金より支払はるべきものは、締盟国の国民に非ざる者には支払はれざることを得。
3 尚本条約の最初の効力発生後五年間は、締盟国は、年金に対する補助金若は附加金又は年金の一部にして公の基金より支払はるべきものを右締盟国が特に補充的協定を締結したる他の締盟国の国民に限定することを得。

第 十 一 条

1 第十条に依り権利の保全せらるる年金は、其の資金額よりも少き一時金に振替へられざるべきものとす。
2 尤も給付義務ある保険機関は、年金にして月額僅少なるものを右機関を規律する法令及び規則に依り計算せらるる一時金に振替ふることを得。但し右一時金は、国外居住の理由に依り減額せらるることを得ず。

第 十 二 条

1 関係者が同時に他の社会保険給付を受くる権利を有するとき又は強制保険の適用ある労務に従事するとき給付の減額又は停止を認むる締盟国の法令又は規則の規定は、他の締盟国の保険制度に依り支払はるべき給付又は他の締盟国の領域内に於ける労務に関しても、本条約に依る受給者に適用せらるることを得。
2 尤も同一の事故に関し給付が同時に存するとき、給付の減額又は停止を認むる規定は、本条約第二編に依り権利の取得せられたる給付には適用なきものとす。

第 十 三 条

 本条約に依り給付義務ある保険機関は、給付を受くべき一切の者に対する債務を自国の通貨を以て履行することを得。

第 四 編 管理上の共助

第 十 四 条

1 各締盟国の公の権力及び保険機関は、社会保険に関する自国の法令及び規則を適用する場合と同一の程度に於て他の締盟国の公の権力及び保険機関に援助を与ふべく、就中締盟国の保険機関の要求あるときは、其の機関の支払義務ある給付を受くる者が右給付を受くる為の条件を具備するや否やを決定するに必要なる調査及び医学的検査を行ふべし。
2 関係締盟国間に別段の協定の存せざるときは、右の援助に対し償還せらるべき費用は、援助を与へたる保険機関又は公の権力の定率表に従ひ決定せらるる額とし、右定率表なきときは、実費とす。

第 十 五 条

 締盟国の公の権力又は保険機関に提出せらるる書類に関し該国の法令又は規則に依り付与せらるる手数料免除の特典は、本条約の適用に関し他の締盟国の公の権力及び保険機関に提出せらるる該書類に及ぼさるべきものとす。

第 十 六 条

 関係締盟国の権限ある中央権力の同意あるときは、他の締盟国の領域内に居住する受給者に対し給付義務ある保険機関は、自己に代りて右給付を支払ふことを受給者の居住地の保険機関に対し両機関の間に協定する条件に従ひ、委任することを得。

第 五 編 国際制度の運用

第 十 七 条

 締盟国は、其の本条約批准の日に於て左記の制度の設なきときは、此の日より十二月以内に其の何れかを設くることを約す。
 (a) 工業的及び商業的企業に使用せらるる者の大部分に対し六十五歳を超えざる年令に於て年金を支払ふ強制保険制度
 (b) 工業的及び商業企業的に使用せらるる者の相当大なる部分に対する強制の廃疾、老令並に寡婦及び孤児保険制度

第 十 八 条

1 各締盟国は、強制保険加入義務に関し及び保険給付(年金に対する補助金若は附加金又は年金の一部にして公の基金より支払はるべきものを含む。)に関し他の締盟国の国民を自国民と同様に取扱ふべし。
2 尤も締盟国は、年金に対する補助金若は附加金又は年金の一部にして公の基金より支払はるべく且強制保険に関する法令又は規則が効力を発生する日に於て一定年令を超えたる被保険者に対してのみ支給せらるべきものを受くる権利を自国民に限定することを得。

第 十 九 条

 締盟国間の条約にして其の当事者たらざる締盟国の権利及び義務に影響を及ぼすことなく且本条約に定めらるる所と全体として少くとも同等なる条件の下に取得の中途に在る権利及び既得の権利の保全の為明確なる規定を設くるものは、本条約の規定に牴触することを妨げず。

第 二 十 条

1 本条約の適用に付締盟国を援助する為各締盟国の一名の代表委員並に事務局の理事会に於ける政府、使用者及び労働者の代表者に依り夫夫指名せらるる三名の委員より成る委員会を国際労働事務局に設く。委員会の規程は、委員会之を定む。
2 一又は二以上の関係締盟国の要求あるときは、右委員会は、本条約の原則及び目的に則り、本条約の適用方法に関し勧告を為すべし。

第 二 十 一 条

1 本条約の効力発生前、関係者の国外居住の理由に依り年金の支給なかりしか又は其の支払が停止せられ居りたる場合には、関係締盟国に対する本条約の効力発生の日より、本条約に従ひ右年金支給せられ又は其の支払再開始せらるべきものとす。
2 本条約の適用に付ては、其の効力発生前の保険期間にして其の期間中に本条約が効力発生し居たりしならば考慮せられたるべきものを考慮すべし。
3 関係者の要求あるときは、本条約の効力発生前に裁定せられたる請求権は、一時金の支払に依り裁定せられたるものを除くの外、再調査せらるべきものとす。再調査は、関係締盟国に対する本条約の効力発生前の期間に関する給付の未払金の支払又は右給付の償還を生ぜしむることなし。

第 二 十 二 条

1 締盟国本条約を廃棄したるときと雖も、其の保険機関は、廃棄の効力発生前に発生したる事故に基く請求権に関しては、其の責を免るることを得ず。
2 本条約に従ひ保全せらるる取得の中途に在る権利は、本条約の廃棄に依りては消滅せず。本条約が効力を失ふ日後の期間に於ける右権利の保全は、関係機関を規律する法令及び規則の定むる所に依る。

第 六 編 最終規定

第 二 十 三 条

 本条約の正式批准は、登録の為国際労働事務局長に之を通告すべし。

第 二 十 四 条

1 本条約は、国際労働事務局長に其の批准を登録したる国際労働機関の締盟国のみを拘束すべし。
2 本条約は、事務局長が締盟国中の二国の批准を登録したる日の後十二月にして効力を発生すべし。
3 爾後本条約は、他の何れの締盟国に付ても、其の批准を登録したる日の後十二月にして効力を発生すべし。

第 二 十 五 条

 国際労働機関の締盟国中の二国の批准が登録せられたるときは、国際労働事務局長は、国際労働機関の一切の締盟国に右の旨を通告すべし。事務局長は、爾後該機関の他の締盟国の通告したる批准の登録を一切の締盟国に同様に通告すべし。

第 二 十 六 条

1 本条約を批准したる締盟国は、本条約の最初の効力発生の日より五年の期間満了後に於て、国際労働事務局長宛登録の為にする通告に依り之を廃棄することを得。右の廃棄は、登録ありたる日の後一年間は其の効力を生ぜず。
2 本条約を批准したる各締盟国にして前項に掲ぐる五年の期間満了後一年以内に本条に定むる廃棄の権利を行使せざるものは、更に五年間拘束を受くべく、又爾後各五年の期間満了毎に、本条に定むる条件に依り、本条約を廃棄することを得。

第 二 十 七 条

 国際労働事務局の理事会は、本条約の効力発生より各五年の期間満了毎に本条約の施行に関する報告を総会に提出すべく、且其の全部又は一部の改正に関する問題を総会の会議事項に掲ぐべきや否やを審議すべし。

第 二 十 八 条

1 総会が本条約の全部又は一部を改正する新条約を採択する場合には、新条約が別段の定を為さざる限り、
 (a) 締盟国に依る新改正条約の批准は、新改正条約が効力を発生したるとき、前記第二十六条の規定に拘らず、当然に本条約の即時の廃棄を生ぜしむべし。
 (b) 新改正条約の効力発生の日より、本条約は、締盟国に依り批准せられ得ざるに至るべし。
2 本条約は、之を批准したるも改正条約を批准せざる締盟国に対しては、如何なる場合に於ても、其の現在の形式及び内容に於て引続き効力を有すべし。

第 二 十 九 条

 本条約は、仏蘭西語及び英吉利語の本文を以て共に正文とす。