1936年の船舶所有者責任(傷病海員)条約(第55号)

ILO条約 | 1936/10/24

海員の疾病、傷痍又は死亡の場合に於ける船舶所有者の責任に関する条約(第55号)
(日本は未批准、仮訳)

 国際労働機関の総会は、
 国際労働事務局の理事会に依りジユネーヴに招集せられ、千九百三十六年十月六日其の第二十一回会議として会合し、
 右会議の会議事項の第二項目たる海員の疾病、傷痍又は死亡の場合に於ける船舶所有者の責任に関する提案の採択を決議し、且
 該提案は国際条約の形式に依るべきものなることを決定し、
 千九百三十六年の船舶所有者責任(傷病海員)条約と称せらるべき左の条約を千九百三十六年十月二十四日採択す。

第 一 条

1 本条約は、軍艦を除くの外、本条約の実施せらるる地域に於て登録せられ且通常海洋航行に従事する一切の船舶に使用せらるる一切の者に之を適用す。
2 尤も国際労働機関の締盟国は、国内の法令又は規則に於て左記に関し必要と認むる例外を設くることを得。
 (a) 左の船舶に使用せらるる者
  (i) 商業に従事せざる場合の公の権力の船舶
  (ii) 沿岸漁船
  (iii) 総噸数二十五噸未満の舟艇
  (iv) 「ダウ」及「ジヤンク」の如き原始的構造の木造船舶
 (b) 船舶所有者以外の使用者に依り船舶に使用せらるる者
 (c) 専ら港に於て船舶の修繕、掃除又は貨物の積卸に使用せらるる者
 (d) 船舶所有者の家に属する者
 (e) 水先人

第 二 条

1 船舶所有者は、左記に関し責に任ずべし。
 (a) 職務の開始に関し契約条項に於て明示せられたる日より契約の終了までの間に発生する疾病及び傷痍
 (b) 右の疾病又は傷痍に基因する死亡
2 尤も国内の法令又は規則は、左記に関し例外を設くることを得。
 (a) 船舶勤務以外に於て発生したる傷痍
 (b) 罹病者、負傷者又は死亡者の故意の行為、過失又は非行に基因する傷痍又は疾病
 (c) 雇入の際故意に隠蔽せられたる疾病又は障害
3 国内の法令又は規則は、被用者が雇入の際医学的検査を受くることを拒みたるときは、船舶所有者に於て疾病又は疾病に直接基因する死亡に関し、責に任ぜざるべきことを規定することを得。

第 三 条

 本条約の適用上、船舶所有者の費用を以てする医療及び生活維持は、左記を包含す。
 (a) 医療並びに適当且充分なる薬剤及び治療材料の供給
 (b) 食糧及び宿泊

第 四 条

1 船舶所有者は、罹病者若は負傷者が治癒するに至るまで、又は疾病若は労働不能が永久的性質のものなりと宣言せらるるに至るまで、医療及び生活の費用を支弁するの責に任ずべきものとす。
2 尤も国内の法令又は規則は、医療及び生活の費用を支弁するの船舶所有者の責任を負傷の日又は発病の日より十六週を下らざるべき期間に限定することを得。
3 尚海員に適用ある強制疾病保険、強制災害保険又は労働者災害補償の制度が船舶の登録せられたる地域に於て実施せられ居るときは、国内の法令又は規則は、左記を規定することを得。
 (a) 罹病者又は負傷者が保険又は補償の制度により医療給付を受くる権利を有するに至る時より、船舶所有者は、右の者に対し責に任ぜざるに至るべきこと。
 (b) 罹病者又は負傷者が保険又は補償の制度の適用を受けざる場合と雖も、船舶所有者は、右制度に依る医療給付の該制度の受給者への支給に関し法令に依り定めらるる時より責に任ぜざるに至るべきこと。但し右の罹病者又は負傷者が特に外国人労働者又は船舶の登録せられたる地域に居住せざる労働者に関する制限に依り右制度より除外せらるる場合は此の限に在らず。

第 五 条

1 疾病又は傷病に依り労働不能と為りたるときは、船舶所有者は、左の責に任ずべし。
 (a) 罹病者又は負傷者が船内に留る間は之に給料全額を支払うこと。
 (b) 罹病者又は負傷者が被扶養者を有するときは右罹病者若は負傷者の下船したる時より治癒するに至る迄又は疾病若は労働不能が永久的性質のものなりと宣言せらるるに至る迄、国内の法令又は規則の定むる所に従い給料の全部又は一部を之に支払ふこと。
2 尤も国内の法令又は規則は、既に下船したる者に対し給料の全部又は一部を支払ふの船舶所有者の責任を負傷の日又は発病の日より十六週を下らざるべき期間に限定することを得。
3 尚海員に適用ある強制疾病保険、強制災害保険又は労働者災害補償の制度が船舶の登録せられたる地域に於て実施せられ居るときは、国内の法令又は規則は、左記を規定することを得。
 (a) 罹病者又は負傷者が保険又は補償の制度に依り現金給付を受くる権利を有するに至る時より、船舶所有者は、右の者に対し責に任ぜざるべきこと。
 (b) 罹病者又は負傷者が保険又は補償の制度の適用を受けざる場合と雖も、船舶所有者は、右制度に依る現金給付の該制度の受給者への支給に関し法令に依り定めらるる時より責に任ぜざるに至るべきこと。但し右の罹病者又は負傷者が特に外国人労働者又は船舶の登録せられたる地域に居住せざる労働者に関する制限に依り右制度より除外せらるる場合は、此の限に在らず。

第 六 条

1 船舶所有者は、疾病又は傷痍の結果として航海中下船したる一切の罹病者又は負傷者を送還する費用を支払ふの責に任ずべし。
2 罹病者又は負傷者が送還せらるべき港は、左記たるべきものとす。
 (a) 雇入港
 (b) 発航港
 (c) 本国又は右の者の属する国の港
 (d) 其の者と船長又は船舶所有者との合意に依り定められたる他の港にして権限ある権力の承認を得たるもの
3 送還の費用は、旅行中に於ける罹病者又は負傷者の輸送、宿泊及び食糧に関する一切の費用並に定められたる出発の時に至る迄の生活費を包含すべし。
4 罹病者又は負傷者が労働能力を有するときは船舶所有者は、本条2に掲ぐる目的地の一に向う船舶に於て適当なる職務を与ふることに依り之が送還の責を免るることを得。

第 七 条

1 船舶所有者は、海員が船内に於て死亡したる場合又は陸上に於て死亡し其の際死亡者が船舶所有者の費用を以てする医療及び生活維持を受くる権利を有したる場合には、埋葬費を支払ふの責に任ずべし。
2 国内の法令又は規則は、社会保険又は労働者補償に関する法令又は規則に依り死亡者に関し埋葬給付が支給せらるべき場合に於ては、船舶所有者に依り支払はれたる埋葬費が保険機関に依り償還せらるべきことを規定することを得。

第 八 条

 国内の法令又は規則は、本条約の適用を受くる罹病者又は死亡者が船内に残したる財産を保護する為の措置を執ることを船舶所有者又は其の代理人に要求すべし。

第 九 条

 国内の法令又は規則は、本条約に依る船舶所有者の責任に関する紛争の敏速なる且些小の費用を以てする解決を確保する為規定を設くべし。

第 十 条

 船舶所有者は、公の権力が本条約第四条、第六条及び第七条に依る責任を負担する限り、右責任を免るることを得。

第 十 一 条

 本条約及び本条約に依る給付に関する国内の法令又は規則は、国籍、住所又は人種の如何を問はず、一切の海員に対し均等待遇を確保する様解釈せられ且実施せらるべきものとす。

第 十 二 条

 本条約は、其の定むる所より有利なる条件を保障する法令、判決、慣習又は船舶所有者及び海員間の協定に影響を及ぼさざるものとす。

第 十 三 条

1 国際労働機関憲章第三十五条に掲げらるる地域に関しては、本条約を批准する右機関の各締盟国は、左記を示す宣言を該国の批准に附加すべきものとす。
 (a) 右締盟国が変更を加へずして本条約の規定を適用することを約する地域
 (b) 右締盟国が変更を加へて本条約の規定を適用することを約する地域及び右変更の細目
 (c) 本条約を適用し得ざる地域及び其の場合に於ては之を適用し得ざる理由
 (d) 右締盟国が其の決定を留保する地域
2 本条1(a)及び(b)に掲げらるる約定は、批准の一部と看做さるべく且批准の効力を有すべし。
3 何れの締盟国も、本条1(b)、(c)又は(d)に依り其の原宣言に於て為されたる留保の全部又は一部を爾後の宣言に依り取消すことを得。

第 十 四 条

 この条約の正式の批准書は、登録のため国際労働事務局長に送付するものとする。

第 十 五 条

1 この条約は、国際労働機関の加盟国でその批准を国際労働事務局長が登録したもののみを拘束する。
2 この条約は、二加盟国の批准が事務局長により登録された日の後十二箇月で効力を生ずる。
3 その後は、この条約は、他のいずれの加盟国についても、その批准が登録された日の後十二箇月で効力を生ずる。

第 十 六 条

 国際労働事務局長は、国際労働機関の二加盟国の批准が登録されたときは、この旨を直ちに国際労働機関のすべての加盟国に通告しなければならない。同事務局長は、また他の加盟国からその後通告を受けた批准の登録をすべての加盟国に通告しなければならない。

第 十 七 条

1 この条約を批准した加盟国は、この条約が最初に効力を生じた日から十年の期間の満了の後は、登録のため国際労働事務局長に通告する文書によつてこの条約を廃棄することができる。廃棄は、その廃棄が登録された日の後一年間は効力を生じない。
2 この条約を批准した加盟国で前項に掲げる十年の期間の満了の後一年以内にこの条に定める廃棄の権利を行使しないものは、さらに十年の期間この条約の拘束を受けるものとし、その後は、この条に定める条件に基いて、十年の期間が経過するごとにこの条約を廃棄することができる。

第 十 八 条

 国際労働機関の理事会は、この条約が効力を生じた後十年の期間が経過するごとに、この条約の運用に関する報告を総会に提出し、かつ、この条約の全部又は一部の改正に関する問題を総会の議事日程に加えることの可否を審議しなければならない。

第 十 九 条

1 総会がこの条約の全部又は一部を改める改正条約を新たに採択する場合には、その改正条約に別段の規定がない限り、
 (a) 加盟国による改正条約の批准は、改正条約の効力発生を条件として、第十七条の規定にかかわらず、当然この条約の即時の廃棄を伴う。
 (b) 加盟国によるこの条約の批准のための開放は、改正条約が効力を生ずる日に終了する。
2 この条約は、これを批准した加盟国で改正条約を批准していないものについては、いかなる場合にも、その現在の形式及び内容で引き続き効力を有する。

第 二 十 条

 この条約のフランス語及び英語による本文は、ともに正文とする。