1919年の労働時間(工業)条約(第1号)

ILO条約 | 1919/11/28

工業的企業に於ける労働時間を1日8時間かつ1週48時間に制限する条約(第1号)
(日本は未批准、仮訳)

 国際労働機関の総会は、
 亜米利加合衆国政府に依り千九百十九年十月二十九日華盛頓に招集せられ、
 右華盛頓総会の会議事項の第一項目たる「一日八時間又は一週四十八時間の原則の適用の件」に関する提案の採択を決議し、且
 該提案は国際条約の形式に依るべきものなることを決定し、
 国際労働機関の締盟国に依り批准せられるが為、国際労働機関憲章の規定に従い、千九百十九年の労働時間(工業)条約と称せられるべき左の条約を採択す。

第 一 条

1 本条約に於て「工業的企業」と称するは、左に掲ぐるものを特に包含す。
(a) 鉱山業、石切業其の他土地より鉱物を採取する事業
(b) 物品の製造、改造、浄洗、修理、装飾、仕上、販売の為にする仕立、破壊若は解体を為し又は材料の変造を為す工業(造船並電気又は各種動力の発生、変更及伝導を含む。)
(c) 建物、鉄道、軌道、港、船渠、棧橋、運河、内地水路、道路、隧道、橋梁、陸橋、下水道、排水道、井、電信電話装置、電気工作物、瓦斯工作物、水道其の他の工作物の建設、改造、保存、修理、変更又は解体及上記の工作物又は建設物の準備又は基礎工事
(d) 道路、鉄軌道、海又は内地水路に依る旅客又は貨物の運送(船渠、岸壁、波止場又は倉庫に於ける貨物の取扱を含むも人力に依る運送を含まず。)
2 海及内地水路に依る運送に関する規定は、海及内地水路に於ける使用問題を審議すべき特別会議に於て決定せらるべし。
3 工業と商業及農業との分界は、各国に於ける権限ある機関之を定むべし。

第 二 条

 同一の家に属する者のみを使用する企業を除くの外、一切の公私の工業的企業又は其の各分科に於て使用せらるる者の労働時間は、一日八時間且一週四十八時間を超ゆることを得ず。
 但し、左に掲ぐる場合は、此の限に在らず。
(a) 本条約の規定は、監督若は管理の地位に在る者又は機密の事務を処理する者には之を適用せず。
(b) 法令、慣習又は使用者の及労働者の団体、若は斯る団体なき場合に於ては使用者の及労働者の代表者間の協定に依り、一週中の一日又は数日に於ける労働時間を八時間未満と為したるときは、権限ある機関の認許又は前記団体若は代表者の間の協定に依り、該週中の他の日に於て八時間の制限を超ゆることを得。但し、本号に規定する如何なる場合に於ても一日八時間の制限を超ゆること一時間より多きことを得ず。
(c) 被用者を交替制に依り使用する場合に在りては、三週以下の一期間内に於ける労働時間の平均が一日八時間且一週四十八時間を超えざる限り、或日に於て八時間又或週に於て四十八時間を超えて之を使用することを得。

第 三 条

 第二条に定むる労働時間の制限は、現に災害あり若は其の虞ある場合、機械若は工場設備に付緊急の処置を施すべき場合又は不可抗力の場合に於ては之を超ゆることを得。但し当該企業の通常の操業に対する重大なる障礙を除去するに必要なるべき限度を超ゆることを得ず。

第 四 条

 第二条に定むる労働時間の制限は、交替制に依り継続して就業することを工程の性質上必要とする工程に於て亦之を超ゆることを得。但し平均一週五十六時間を超ゆることを得ず。労働時間に関する右の規定は、如何なる場合に於ても、前記工程に従事する労働者に対し毎週の休日の代償として国法の保障する休日に影響することなし。

第 五 条

1 第二条の規定を適用すること能はずと認められたる例外の場合に限り、労働者の及使用者の団体間に於て一層長き期間内に於ける日日の労働時間制限に関する協定あるときは、政府に之を申告すべく、政府は、其の決定に依り之に法規の効力を付与することを得。
2 斯る協定中に掲げられたる数週に亘り其の一週の労働時間の平均は、四十八時間を超ゆることを得ず。

第六条

1 公の機関は、工業的企業に付左に関する規定を設くべし。
(a) 事業の一般操業に関して定められたる制限を超え就業するの必要ある準備若は補充の作業に付、又は本質上間歇的なる作業に従事する或種の労働者に付許容せらるる恒久的例外
(b) 事業をして業務繁忙なる特別の場合に適応せしむる為許容せらるる一時的例外
2 前項の規定は、関係ある使用者の及労働者の団体の存する場合に於ては、此等団体と協議の上之を設くべきものとす。該規定には各場合に於ける増加時間の最大限度を定むべく、超過時間に対する賃金率は、普通賃金率の一倍四分の一を下ることを得ず。

第 七 条

1 各国政府は、国際労働事務局に対し左を通告すべし。
(a) 第四条の適用に於て性質上継続就業を必要なるものとせらるる工程の表
(b) 第五条に掲ぐる協定の実行に関する充分なる報告
(c) 第六条に依り設けられたる規定と其の適用とに関する報告
2 国際労働事務局は、右に関する年報を国際労働総会に提出すべし。

第 八 条

1 本条約の規定の実行を容易ならしむる為、各使用者は、左を為すことを要す。
(a) 工場其の他の適当の場所の見易き箇所に掲示することに依り、又は政府の承認する其の他の方法に依り、始業及終業の時刻竝、作業が交替制に依り行はる場合に於ては、各組の始業及終業の時刻を公示すること。右の時刻は、労働の時間が本条約に定むる制限を超ゆることなき様之を定むべく、一旦之を公示したるときは、掲示及方法にして政府の承認するものに依るに非ざれば之を変更することを得ず。
(b) 就業の時間中に与へらるる休憩時間にして労働時間の一部とせられざるものは、同一の方法に依り之を公示すること。
(c) 各国に於て法令に定めらるる様式に従ひ本条約第三条及第六条に依り労働したる一切の増加時間を記録すること。
2 (a)号に依り定められたる時間外に、又は(b)号に依り定められたる休憩時間内に被用者を使用することは、違法行為と看做さるべし。

第 九 条

 本条約の日本国に対する適用に付ては、左の変更及条件を加へらるべし。
(a) 「工業的企業」と称するは、左に掲ぐるものを特に包含す。
 第一条(a)号に列挙する企業
 第一条(b)号に列挙する企業。但し、少くとも十人の労働者を使用するものに限る。
 第一条(c)号に列挙する企業にして権限ある機関が「工場」と定むるもの
 第一条(d)号に列挙する企業にして道路に依る旅客又は貨物の運送、船渠、岸壁、波止場及倉庫に於ける貨物の取扱竝人力に依る運送を除きたるもの
 被用者の数を問はず、第一条(b)号及(c)号に列挙する企業にして権限ある機関が著しく危険なりと又は健康上有害なる工程を含むと認定することあるべきもの
(b) 一切の公私の工業的企業又は其の各分科に於ける十五歳以上の者の実際労働時間は、一週五十七時間を超ゆることを得ず。但し、生糸工業に於ては其の制限を一週六十時間と為すことを得。
(c) 一切の公私の工業的企業又は其の各分科に於ける十五歳未満の者及年令に拘らず鉱山に於て坑内作業に従事する一切の鉱夫の実際労働時間は、如何なる場合に於ても一週四十八時間を超ゆることを得ず。
(d) 労働時間の制限は、本条約第二条、第三条、第四条及第五条に定むる条件に従ひ、之を変更することを得。但し、如何なる場合にても右変更の時間の長さが基準の週の時間の長さに対する割合は、右諸条より生ずる割合より大なることを得ず。
(e) 一週一回継続二十四時間の休暇は、一切の種類の労働者に対して与へらるべし。
(f) 日本工場法令中其の適用を十五人以上の者を使用する場所に限るの規定は、十人以上の者を使用する場所に該法令を適用することに改めらるべし。
(g) 本条前各号の規定は、千九百二十二年七月一日迄に之を実施すべし。但し、本条(d)号に依り変更せられたる第四条の規定は、千九百二十三年七月一日迄に之を実施すべきものとす。
(h) 本条(c)号に定むる年齢十五歳は、千九百二十五年七月一日迄に十六歳に改めらるべし。

第 十 条

 英領印度に於ては、印度政庁の施行に係る工場法の現在適用ある工業に、鉱山に及権限ある機関が鉄道作業中特に指定すべき各分科に従事する一切の労働者に対し、一週六十時間の原則を採用せらるべし。権限ある機関が此の制限を変更せんとするときは、本条約第六条及第七条の規定に準拠すべきものとす。本条約の規定は、右以外に付ては印度に之を適用せず。但し、印度に於ける労働時間を制限する右より以上の規定は、今後の総会に於て審議せらるべし。

第 十 一 条

 本条約の規定は、支那国、波斯国及暹羅国には之を適用せず。但し、此等諸国に於ける労働時間を制限する規定は、今後の総会に於て審議せらるべし。

第 十 二 条

 本条約の希臘国に対する適用に付ては、其の規定が第十九条に依り実施せらるる期日を左に掲ぐる工業的企業の場合に於ては、千九百二十三年七月一日迄延期することを得。
(1) 二硫化炭素工場
(2) 酸類製造場
(3) 鞣皮工場
(4) 製紙場
(5) 印刷工場
(6) 製材場
(7) 煙草取扱倉庫及煙草工場
(8) 露天採鉱業
(9) 鋳物工場
(10) 石灰工場
(11) 染色工場
(12) 硝子工場(吹工)
(13) 瓦斯工場(火夫)
(14) 商品積卸業
 又左に掲ぐる工業的企業の場合に於ては、千九百二十四年七月一日迄延期することを得。
(1) 機械工業
 機関、金庫、衡器、寝台、鋲、弾丸(狩猟用)を製造する機械工場、鉄鋳物工場、青銅鋳物工場、錻力工場、鍍金工場、水力機具工場
(2) 建設工業
 石灰窯場、「セメント」工場、「プラスター」工場、「タイル」工場、煉瓦及舗道材工場、陶器工場、大理石工場、掘鑿及建築の作業
(3) 紡織工業
 染色工場を除きたる各種の紡織及織物の工場
(4) 食料工業
 製粉場、麺麭焼工場、「マカロニ」製造場、酒類酒精其の他の飲料製造場、製油場、麦酒醸造場、氷及清涼飲料製造場、菓子及「チヨコレート」の製造場、「ソーセージ」及保蔵食料品の製造場、屠畜場竝肉切場
(5) 化学工業
 合成染料工場、硝子工場(吹工を除く。)、松精油及酒石の製造場、酸素及薬剤の製造場、亜麻仁油製造場、「グリセリン」製造場、炭化石灰製造場、瓦斯工場(火夫を除く。)
(6) 革工業
 靴工業、革製品工場
(7) 紙及印刷の工業
 封筒、帳簿、函及嚢 製造場、製本、石版及亜鉛版の工場
(8) 被服品工業
 被服品(下着及縁飾とも)工場、「プレス」場、寝台覆、造花、羽毛縁飾の工場、帽子及洋傘の工場
(9) 木工業
 指物工場、樽桶工場、荷車工場、家具及椅子の製造場、額縁工場、刷子及箒の工場
(10) 電気工場
 発電所、電気装置工作場
(11) 陸上運送業
 鉄道及軌道の従業員、火夫、運転手竝馭者

第 十 三 条

 本条約の羅馬尼亜国に対する適用に付ては、其の規定が第十九条に依り実施せらるる期日を千九百二十四年七月一日迄延期することを得。

第 十 四 条

 何れの国に在りても、政府は、戦争の場合其の他国家の安全を危殆ならしむる事変の場合に於て本条約の規定の施行を停止することを得。

第 十 五 条

 国際労働機関憲章に定むる条件に依る本条約の正式批准は、登録の為国際労働事務局長に之を通告すべし。

第 十 六 条

1 本条約を批准する国際労働機関の各締盟国は、其の殖民地、保護国及属地にして完全なる自治を有せざるものに左の条件の下に之を適用することを約す。
(a) 其の規定が土地の状況に照し適用不可能に非ざること。
(b) 其の規定を土地の状況に適応せしむる為必要なる変更を加ふること。
2 各締盟国は、其の殖民地、保護国及属地にして完全なる自治を有せざるものに付其の執りたる措置を国際労働事務局に通告すべし。

第 十 七 条

 国際労働機関の締盟国中の二国が国際労働事務局に本条約の批准の登録を為したるときは、事務局長は、国際労働機関の一切の締盟国に右の旨を通告すべし。

第 十 八 条

 本条約は、国際労働事務局長が前条の通告を発したる日より効力を発生すべく、且該事務局に其の批准を登録したる締盟国のみを拘束すべし。爾後本条約は、他の何れの締盟国に付ても、右事務局に其の批准を登録したる日より効力を発生するものとす。

第 十 九 条

 本条約を批准する各締盟国は、千九百二十一年七月一日迄に其の規定を実施し、且右規定を実施するに必要なるべき措置を執ることを約す。

第 二 十 条

 本条約を批准したる締盟国は、本条約の最初の効力発生の日より十年の期間満了後に於て国際労働事務局長宛登録の為にする通告に依り之を廃棄することを得。右の廃棄は、該事務局に登録ありたる日以後一年間は其の効力を生ぜず。

第 二 十 一 条

 国際労働事務局の理事会は、少くとも十年に一回本条約の施行に関する報告を総会に提出すべく、且其の改正又は変更に関する問題を総会の会議事項に掲ぐべきや否やを審議すべし。

第 二 十 二 条

 本条約は、仏蘭西語及英吉利語の本文を以て共に正文とす。