ILO Newsletter「ビジネスと人権」

国際労働基準、国連のビジネスと人権に関する指導原則、ビジネスと人権に関する国別行動計画(NAP)の相互の関係性について (4)

各国は、国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」(UNGPs)へのコミットメントの表明として、「ビジネスと人権に関する国別行動計画」(NAP)を採択することが奨励される中、 ビジネスと人権に関する国内政策の一貫性を強化する目的で、NAPを策定・採択する国が増えています。今年6月に発行されたILOと国連ビジネスと人権に関するワーキング・グループが共同でまとめたブリーフィング・ノートより、今回は政府や企業がNAPの目標を達成するために役立つその他のILO文書やイニシアティブ、ILO加盟国政労使によるNAP策定・実施プロセスへの関わりについてご紹介します。

記事・論文 | 2021/09/15
© ILO:ベトナムのビントゥアン省で安全保護具を使用しないまま働いている労働者たち。多くの若者は、収入のため、命がけで危険な仕事をしている。©ILO/Nguyễn Việt Thanh

2021年6月21日、ILOは、国連ビジネスと人権に関するワーキング・グループと共同で、”The linkages between international labour standards, the United Nations Guiding Principles on Business and Human Rights, and National Action Plans on Business and Human Rights” ( 「国際労働基準、国連のビジネスと人権に関する指導原則、ビジネスと人権に関する国別行動計画(NAP)の相互の関係性について」 [1]) と題するブリーフィング・ノートを発行しました。

これはNAPの策定、採択、実施において重要な役割を担う政府、使用者・労働者団体に向けて作成されています。

第4回目となる今回は、政府や企業がNAPの目標を達成するために役立つその他のILO文書やイニシアティブ、ILO加盟国政労使によるNAP策定・実施プロセスへの関わりについてご紹介します。

政府や企業がNAPの目標を達成するために役立つその他のILO文書やイニシアティブ

多くのNAPで、その目的の達成を導く上でILO の多国籍企業宣言の役割が特に強調されています。ILO の多国籍企業宣言は、企業(多国籍企業および国内企業)、政府、使用者及び労働者団体に社会政策に関する指針を提供しており、世界の政労使が入念に議論して採択をした、この分野の唯一の国際的文書です。その原則は、国際労働基準に含まれる条項に根差しており、政府が批准し、効果的に実施すべき特定の条約を挙げています。

ILOの多国籍企業宣言は、UNGPsや「持続可能な開発のための2030アジェンダ」などILO内外の様々な進展を考慮し、2017年に改定されました。改定した多国籍企業宣言では、UNGPsと足並みを揃えて、ビジネスにおける人権尊重の促進において、異なる主体(政府、企業、社会的パートナー)が果たすべき補完的な役割を示しています。デュー・ディリジェンスに関するILO 多国籍企業宣言の指針は、UNGPsの規定に沿ったものであり、現在実施が進められているデュー・ディリジェンスのプロセスの一環として、社会対話や労使関係と同様に、結社の自由や団体交渉の中心的な役割をさらに強調しています。
 
 
『そのため、企業は以下のことを期待されています。
i) 人権に関する方針の策定 
ii) 自社(またはビジネスパートナーやサプライヤー)の事業や事業活動全体で生じる可能性のある人権リスクを特定、評価、防止するためのデュー・ディリジェンスプロセスの設定及び実施
iii) 事業そのものが直接に起こしたものではないもの、関与した可能性があるもの、あるいは直接的に引き起こした人権侵害の被害者への補償を可能にする苦情処理の仕組みの提供

個人やコミュニティに対する潜在的な人権上の負の影響を予見し、回避することを可能にするこの活動を行うにあたり、企業は、国際人権章典に示される、国際的に認知された人権や、労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言、多国籍企業及び社会政策に関する原則の三者宣言に定められている人権を最低限参照することが求められる。』 ※本ブリーフィング・ノート内引用箇所の仮訳となります。
<ビジネスと人権に関する行動計画(2016-2021年)イタリア、2016年>

 
ILOビジネスのためのヘルプデスク [2] について言及するNAPもあります。このサービスは、企業の経営者及び職員に、国際労働基準により良く整合した事業展開や、良好な労使関係を築くための情報を一括して提供しています。事業活動における人権尊重の取組みの強化に向けて、有用なツールとなります。
 
 
『ドイツ連邦政府は、ILOが提供する開発支援事業に対する主要な資金拠出国である。国際労働基準に関するILOビジネスのためのヘルプデスクは、企業が国際的な労働・社会的基準を正しく適用することを支援している。ヘルプデスクでは、情報提供のためのウェブサイトのほか、事業を展開する上で、国際労働基準の原則適用に関する具体的な問い合わせに対する迅速な回答を行っており、この個別アシスタンスは部外秘として扱われる。また訓練コースも提供している。』 [3] ※本ブリーフィング・ノート内引用箇所の仮訳となります。
<国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」実施に関する行動計画 (2016-2020) ドイツ、2016年>
 
 
ディーセント・ワーク国別プログラムや、労働における基本的原則と権利の効果的な実施のための国家戦略など、ILOが支援する枠組、プロジェクト、イニシアティブとNAPとの間の連携を確立することは、国の政策の一貫性と実施の強化にとって重要です。こうすることで、NAPプロセスへの政労使の参加が促進されます。


『フランスはILOの活動に積極的に参加する加盟国のひとつで、ILOの常任理事国でもある。ディーセント・ワーク・アジェンダを遵守・推進し、ILOの多国籍企業及び社会政策に関する原則の三者宣言(多国籍企業宣言)を全面的に支持している。また、ILOと4年間のパートナーシップ協定を締結し、CSR活動の実施やベターワークプログラムに貢献している。』※本ブリーフィング・ノート内引用箇所の仮訳となります。
<国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」実施に関する行動計画  フランス、2017年>
 
 
ILO加盟国政労使によるNAP策定・実施プロセスへの関わり

国連ワーキング・グループは、NAPを策定し、実施に成功するためには、起草、採択、実施、改定のすべての段階において、関連するステークホルダーの意見を考慮に入れた、包摂的で透明性のあるプロセスが不可欠であることを強調しています。包摂的なプロセスにより、国の優先事項、具体的な政策手段、取るべき行動についての合意が形成されます。

NAPがその目的を達成するためには、使用者・労働者団体などのステークホルダーが、NAPの策定、実施、評価、改定に効果的に参加する必要があります。政府は、プロセスのすべての段階で、関係するすべてのステークホルダーと透明性のある方法で、時宜を得た情報を共有する必要があります。NAP策定のためのプロセスが進行中でない国では、使用者・労働者団体は、そのようなプロセスの開始を政府に要請したり/または同様のイニシアティブを支援できます。

NAPの策定と効果的な実施において、意味のある対話と最もリスクの高い人々の保護を確保するためには、労働組合の代表者を含む人権を守るための活動をしている人々の保護が重要な課題となります。ワーキング・グループが公表したNAPの指針では、政府は、「NHRI(国内人権機関)、市民社会組織、労働組合と協力して、国内及び国外で保護を必要とする人権擁護者を特定するよう言及しています。

先住民の効果的な参加と、彼らの固有の権利の尊重は、NAPの策定・実施にとっても重要です。ILOの1989年先住民及び種族民条約(第169号)は、NAPがビジネスの場において、先住民の権利の保護と尊重の強化に貢献するための重要なILO文書です。さらに、先住民の権利の尊重を確保するための重要な方法として、先住民とその代表者との協議プロセスを強調しています。このILO条約については、多国籍企業宣言2017年版にも言及されています。

ILOは、NAPの策定・実施・改定の段階において、能力開発や技術支援を提供し、関連するILOの専門性、文書・サービスを利用可能にすることで、各国の労働省、使用者・労働者団体のNAPプロセスへの関与を支援します。これは、チリ、コロンビア、日本をはじめとする国々で実施されています。 [4][5][6]

NAPの主な目的の1つは、国内レベルで実施する目的と行動を特定することですが、多くのNAPは、公平かつグローバルな競争条件作り、ビジネスと人権に関するグローバルな政策や議論の進展に貢献する多国間フォーラム等、国際レベルの活動への参加の重要性を強調しています。ILOは、三者構成主義による総会、地域会議、理事会、様々な専門家会議のほか、広く一般に公開された会議やシンポジウムなどのイベントを通じて、ビジネスや人権に関連する労働問題について、グローバルな政策形成や対話のためのプラットフォームを提供しています。
 
 
『公平な競争条件:ICSR(国際的な企業の社会的責任)に関して、公平な競争条件を促進することは、政府の主要な任務の一つです。オランダはこの目的を達成するために、多国間機関を通じて活動しています。EU、OECD、ILO、国連等の多国間フォーラムにおいて、オランダは一貫して国連の指導原則について、加盟国が政策の指針として採択するよう求めています。また、オランダは ILOの中核的労働基準である児童労働の禁止、強制労働の禁止、機会及び待遇の均等、結社の自由の全てを批准することを公約しています。ILOの8つの基本条約と4つの優先条約は、国際労働基準の制度全体を支えており、公平な競争条件の確保にとって不可欠なものです。』※本ブリーフィング・ノート内引用箇所の仮訳となります。
<ビジネスと人権に関する行動計画 オランダ、2013年>
 
 
最終回は、国連ビジネスと人権に関するワーキング・グループについて、またILOとワーキング・グループの関係性について紹介します。

脚注:
[1] Briefing Note: “The linkages between international labour standards, the United Nations Guiding Principles on Business and Human Rights, and National Action Plans on Business and Human Rights”. ILO. 17 June 2021: https://www.ilo.org/empent/areas/mne-declaration/WCMS_800261/lang--en/index.htm

[2] ILOビジネスのためのヘルプデスク(日本語)、ILO駐日事務所ウェブサイトhttps://www.ilo.org/tokyo/helpdesk/lang--ja/index.htm

[3] ヘルプデスクについて(日本語)、ILO駐日事務所ウェブサイト
https://www.ilo.org/tokyo/helpdesk/about/lang--ja/index.htm

[4] ビジネスと人権に関する国別行動計画(NAP)発表に向けたステークホルダー報告会を開催:共通要請事項を発表、2020年1月24日、ILO駐日事務所ウェブサイトhttps://www.ilo.org/tokyo/information/pr/WCMS_735173/lang--ja/index.htm

[5] NAPに係る作業部会 第2要請書及び、『ステークホルダー共通要請事項(第2)』2020年6月2日、ILO駐日事務所ウェブサイト
https://www.ilo.org/tokyo/events-and-meetings/WCMS_746763/lang--ja/index.htm

[6] ビジネスと人権に関する国別行動計画を受けて、ILO、労使を含むステークホルダーが合同コメントを発表、2020年11月10日、ILO駐日事務所ウェブサイト
https://www.ilo.org/tokyo/information/pr/WCMS_760388/lang--ja/index.htm
 
参照:「ビジネスと人権に関する行動計画」(日本語)、外務省
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100104121.pdf