労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言

基準関係文書 | 1998/06/18
1998年のILO総会で「労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言とそのフォローアップ」が採択されました。

ILO加盟国は、労働における基本的原則及び権利(結社の自由及び団体交渉権の効果的な承認、強制労働の廃止、児童労働の撤廃、雇用及び職業における差別の排除)の尊重、促進、実現に向けた義務を負うとし、対応する8つの基本条約を未批准の場合でも、この原則の推進に向けて努めるべきとし、ILOはそのための支援を提供するとなりました。

2022年6月に開かれた第110回ILO総会では、さらにこの中核的労働基準に安全で健康的な労働環境を含めることに関する決議が採択され、即時発効しました。これを受け、中核的労働基準はそれまでの4分野8条約から、5分野10条約となりました。

労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言

ILOは、社会正義が世界的かつ永続的な平和のために不可欠であるとの信念をもって設立され、

経済成長は公平、社会進歩及び貧困の撲滅を確保するために不可欠であるが十分でないため、ILOが強力な社会政策、正義及び民主的制度を促進する必要性を確認するものであり、

ILOは、経済発展及び社会開発のための世界戦略の文脈において、経済政策及び社会政策が広範な持続的発展を創造するため相互に補強しあう構成要素となることを確保するため、その権限の及ぶすべての範囲、特に雇用、職業訓練及び労働条件において、これまで以上に基準設定、技術協力及び調査研究のすべての資源を利用すべきであり、
 
ILOは、特別の社会的必要をもつ人々、特に失業者及び移民労働者の問題に特別の注意を払い、これらの者の問題を解決するための国際的、地域的及び国内的な努力を結集し、かつ奨励し、雇用創出のための効果的な政策を促進すべきであり、

社会進歩と経済成長との関連性の維持に努めるに際し、労働における基本的原則及び権利の保障は、関係する者自身が自由に、そして機会の均等を基礎として、彼らの寄与により産み出された富の公平な分配を主張すること、及び彼らの人的潜在能力の実現を可能にすることから、特別に重要であり、

ILOは、国際労働基準を設定し、取り扱う権限を有する機関であり、かつ憲章でそれを使命とするよう定められた国際機関であり、憲章上の原則の表現としての労働における基本的権利の促進に関して普遍的な支持及び承認を享受しており、
経済的相互依存が増大している中、この機関の憲章において具体的に示されている基本的原則及び権利の不変の性質を再確認し、それらの普遍的な適用を促進することが急務であるので、

国際労働総会は、

1 次のことを想起し、
(a)  ILOに任意に加入する際に、すべての加盟国は憲章及びフィラデルフィア宣言に規定された原則及び権利を支持し、この機関の全体的な目的の達成に向けて、手段のある限り、また、各加盟国の特有の状況に十分に沿って、取り組むことを引き受けたこと
(b)  これらの原則及び権利は、この機関の内部及び外部において基本的なものとして認められた条約において、特定の権利及び義務の形式で表現され、発展してきていること

2 すべての加盟国は、問題となっている条約を批准していない場合においても、まさにこの機関の加盟国であるという事実そのものにより、誠意をもって、憲章に従って、これらの条約の対象となっている基本的権利に関する原則、すなわち、
(a)  結社の自由及び団体交渉権の効果的な承認
(b)  あらゆる形態の強制労働の禁止
(c)  児童労働の実効的な廃止
(d) 雇用及び職業における差別の排除
(e)    安全で健康的な労働環境
を尊重し、促進し、かつ実現する義務を負うことを宣言する。

3 外部の資源及び支援の動員を含め、この機関の憲章上、運営上及び財政上の資源を十分に活用することにより、また、憲章第12条に従いILOが確立した関係を有する他の国際機関がこれらの努力を支援することを奨励することにより、これらの目的を達成するため、確立され、表明された必要に応じて、次の手段によって、加盟国を支援するこの機関の義務を認識する。
(a) 基本条約の批准及び履行を促進するための技術協力及び助言サービスを提供すること
(b) これらの条約のすべて又は一部をまだ批准できる状況にない加盟国の、これらの条約の対象となっている基本的権利に関する原則を尊重し、促進し、かつ実現するための努力を支援すること
(c) 経済発展及び社会開発のための環境創造に向けた加盟国の努力を支援すること

4 この宣言を完全に実施するため、意義があり、効果的な、宣言の不可欠な部分とみなされる促進的なフォローアップが附属書に示される方法に従い実施されることを決定する。

5 労働基準は保護主義的な貿易上の目的のために利用されるべきではなく、この宣言及びそのフォローアップはそのような目的のために援用され又は利用されるべきではないこと、さらに、この宣言及びそのフォローアップによって、いかなる方法においても、どの国の比較優位も問題とされるべきではないことを強調する。

附属書:宣言のフォローアップ

(2010年の第99回ILO総会、2022年の第110回ILO総会で改正)

Ⅰ 全体の目的
1 下記のフォローアップの目的は、ILO憲章及びフィラデルフィア宣言に規定され、この宣言において再確認された基本的原則及び権利を促進するためのこの機関の加盟国による努力を奨励することである。

2 厳密に促進的性質であるこの目的に沿って、このフォローアップは、この機関の技術協力活動を通じた支援が、加盟国のこれらの基本的原則及び権利の履行を援助するために有効である領域を明らかにすることを可能にする。それは既存の監視機構に代わるものでもなければ、その機能を妨げるものでもない。従って、これらの機構の権限内にある特定の状況が、このフォローアップの枠組の中で検討又は再検討されるものではない。

3 下記のフォローアップの二つの側面は、既存の手続に基づくものである。すなわち、未批准の基本条約に関する年次フォローアップは、憲章第19条第5項(e)の適用に関する現在の様式の若干の修正のみを必要とし、労働における基本的原則及び権利の促進について実施された事項に関するグローバル・レポートは、労働における基本的原則及び権利の促進における加盟国の必要事項、ILOが実施した行動、達成された成果を、総会で行われる反復討議に伝えることに役立つものである。

Ⅱ 未批准の基本条約に関する年次フォローアップ
A 目的及び範囲
1 目的は、すべての基本条約の批准をするに至っていない加盟国が宣言に従って行った努力について、簡素化された手続によって、毎年検討する機会を提供することである。

2 フォローアップは、宣言に特定された五つの種類の基本的原則及び権利を取り扱う。
 
B 方式
1 フォローアップは、憲章第19条第5項(e)に基づき求められる加盟国からの報告を基礎とする。報告様式は、憲章第23条及び確立した慣行を十分考慮して、基本条約未批准国の政府から各国の法律及び慣行におけるあらゆる変化に関する情報を得られるように作成される。

2 これらの報告は、事務局によりまとめられ、理事会により検討される。

3 理事国でない加盟国が理事会の討議において自国の報告に含まれる情報を補足するために必要な又は有用な説明を最も適当な方法により提供することができるように、理事会の既存の手続に対する修正が検討されるべきである。

Ⅲ 労働における基本的原則及び権利に関するグローバル・レポート
A 目的及び範囲
1 グローバル・レポートの目的は、それ以前の期間において認められた五つの分野の基本的原則及び権利に関する動的・包括的な概観を提供し、この機関による支援の効果を評価し、かつ、特にそれを実行するために必要な内部及び外部の資源を動員するために作成される技術協力の行動計画の形式を含み、それ以降の期間における優先事項を決定するための基礎を提供することである。

B 方式
1 この報告は、公式の情報及び確立された手続に従って収集し、評価された情報に基づき、事務局長の責任において作成される。基本条約を批准していない加盟国の場合には、特に上記の年次フォローアップの結果が報告の基盤となる。関連する条約を批准している加盟国の場合は、特に憲章第22条の規定に基づく報告が基盤となる。また、ILOの技術協力及びその他の関連する活動から得られた経験にも言及する。

2 この報告は、理事会で合意された方式に基づき、労働における基本的原則及び権利の戦略目標に関する反復討議のため、総会に提出される。ついで総会は、次の期間に実施されるべき技術協力の優先事項及び行動計画を含み、ILOに得られるあらゆる行動手段に関する議論から結論を引き出し、理事会及び事務局の責任を導くべきである。

Ⅳ 次のように理解する。
1 総会は、適当な時期に、Ⅰに述べられた全体の目的が適切に達成されているかどうかを評価するために、得られた経験に照らし、このフォローアップの運用について再検討すべきである。

労働における基本的原則及び権利に関する ILO宣言に安全で健康的な労働環境を含めることに関する決議

(2022年6月10日の第110回ILO総会で採択、仮訳)

国際労働総会は2022 年に第 110 回総会として会合し、

ILOがその組織としての目的を実現する上で決定的な瞬間となった、労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言が1998年の第86回総会で採択されたことに留意し、

仕事の未来に対する人間中心のアプローチを促進し、ILOの創設ビジョンを実現する仕事の未来を形成することを目的として2019年に採択された「仕事の未来に向けたILO創設100周年記念宣言」の中で、安全かつ健康的な労働条件がディーセント・ワークの基本であることを宣言したことに留意し、

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックと、これが仕事の世界に対して重大かつ変革的な影響を与えたことにより、労働安全衛生の著しい重要性が明らかになったことを念頭に置き、

安全で健康的な労働環境は、一定の権利、責任及び義務に関する制度、また社会対話及び協力を通じて、政府、使用者及び労働者の積極的な参加を必要とすることに留意し、

ILOの基軸となる価値観及びディーセント・ワークと「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の可視性及び影響力を高める手段として、安全で健康的な労働環境を労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言の枠組みに含めることを切望し、

労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言の改正という形をとるべきであると検討し、
1 労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言の第2項を改正し、「雇用及び職業における差別の排除」の後に「及び(e)安全で健康的な労働環境」を加えることを決定し、「労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言」の附属書並びに「公正なグローバル化のための社会正義に関するILO宣言」及び「グローバル・ジョブズ・パクト」の関連部分を、本決議の附属書に定めるところに従って改定することを決定する。2 上記の文書は、今後、「労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言(1998年)、2022年改正」、「公正なグローバル化のための社会正義に関するILO宣言(2008年)、2022年改正」及び「グローバル・ジョブズ・パクト(2009年)、2022年改正」と称することを決定する。

3 1981年の職業上の安全及び健康に関する条約(第155号)及び2006年の職業上の安全及び健康促進枠組条約(第187号)は、2022年に改正される労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言(1998年)の趣旨の枠内で基本条約とみなされることを宣言する。

4 理事会に対し、関連する全ての国際労働基準、多国籍企業及び社会政策に関する原則の三者宣言、並びに公正なグローバル化のための社会正義に関するILO宣言(2008年)に対し、本決議の採択に伴う一定の修正を適宜導入することを目的として、あらゆる適切な行動をとることを要請し、

5 この決議のいかなる内容も、国家間の既存の貿易及び投資協定から生じる加盟国の権利、義務に意図しない形で影響を与えるものと解釈されてはならないことを宣言する。

アンセンヌILO事務局長(当時)による解説

1998年6月18日、国際労働機関(ILO)はジュネーブで開かれた第86回ILO総会において「労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言とそのフォローアップ」を採択し、これによって1994年以来ILO内でかなりの議論が行われてきたグローバル化の挑戦に応えることとなりました。グローバル化は経済成長の一要因であり、経済成長は社会進歩の前提条件であるものの、それだけでは社会進歩を確保するには不十分であるのも事実です。社会進歩が確保されるには、すべての関係者が自ら創出に寄与した富の公平な分配を要求できるようにするための共通の価値を基盤とした幾つかの社会的基本原則を伴う必要があるのです。

この宣言は、社会進歩と経済成長が手を携えて進むことを確保する国内的努力を促進しようとの意欲と、個々の国を取り巻く環境、可能性、優先事項の多様性を認める必要を調和させることを目的とします。

この方向を目指す第一歩は1995年にコペンハーゲンで踏み出されました。この時、世界社会開発サミットに出席した各国元首及び政府首脳は具体的な公約及び「労働者の基本的権利(強制労働並びに児童労働の禁止、結社の自由、団結権及び団体交渉権、同一価値労働同一賃金、雇用差別の撤廃)」に関する行動計画を採択しました。その後、1996年にシンガポールで開かれたWTO閣僚会議で、さらに一歩を進める機会が提供されました。参加国は国際的に認められた中核的労働基準を遵守するとの公約を改めて行い、これらの基準を採択し、取り扱う権限のある機関はILOであることを再確認し、基準推進に向けたILOの活動に対する支援を再び表明しました。

宣言の採択は第三歩に当たります。これは社会開発サミットで採択された行動計画の第54段落(b)に明記された目標、すなわち、「労働者の基本的権利の尊重を擁護し、推進する上で、対応するILO条約の批准国にはその十分な履行を、未批准国には条約に内在する原則に配慮するよう求めること」に対する多大な貢献であります。

既存の監視機構はすでに批准国における条約適用を確保する手段を備えています。未批准国に対し、宣言は新たに重要な作用を及ぼします。宣言は第一に、ILO加盟国は当該条約を未批准の場合でも、「誠意をもって、憲章に従って、これらの条約の対象となっている基本的権利に関する原則」を尊重する義務を有することを確認します。次に、そしてこれが宣言附属書に記されるフォローアップの第一の形態ですが、ILO独特の憲章上の手続きを実行することによってこの目的を達成しようとします。これに従い、中核的条約の未批准国は毎年、これらの条約の掲げる原則の実行についての進展状況に関する報告を提出するよう求められることとなります。

最後に、予算上の資金と影響力を駆使し、加盟国が社会開発サミットの目標を達成するのを支援すると厳粛に公約することによってILOはさらに一歩前進したことになります。この公約は附属書に規定されるフォローアップの第二の形態であるグローバル・レポートに反映されています。グローバル・レポートは中核的条約批准国と未批准国の双方において過去4年間に認められた進歩の概観を示すもので、その期間取られた行動の効果を評価する基礎となり、将来の支援のための行動計画の出発点となります。

宣言の採択によって、ILOは国際社会から突きつけられた挑戦に応えることになりました。グローバル化の現実に応える地球規模の最低限の社会基準を設けた今、ILOは新世紀を新たな希望をもって迎えることができるのです。

ILO事務局長 ミシェル・アンセンヌ(肩書は当時)