労働安全衛生世界デー

ILOアジア太平洋総局長論説文-コロナ禍の影響が光を当てている強靱な労働安全衛生制度の必要性

 新型コロナウイルスは国内に強靱な労働安全衛生制度を整備する必要性を強調しています。2021年の労働安全衛生世界デー(4月28日)に際して発表した論説文で麻田千穂子ILOアジア太平洋総局長はその内容と必要な活動について説明しています。

記事・論文 | 2021/04/28
麻田千穂子ILOアジア太平洋総局長

 新型コロナウイルスは国内に強靱な労働安全衛生制度を整備する必要性を強調しています。2021年の労働安全衛生世界デー(4月28日)に際して発表した英文論説記事で麻田千穂子ILOアジア太平洋総局長はその内容と必要な活動について説明しています。

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 新型コロナウイルスの世界的大流行と仕事の世界に対するその奥深い影響は、労働安全衛生が私たち全てにとっていかに重要かという事実を強調することになりました。

 新型コロナウイルスは職場に簡単に蔓延し、労働者とその家族、地域社会を感染の危険にさらす可能性があります。感染リスクに加え、全ての産業部門の労働者がウイルスの感染拡大を緩和するために採用された新しい職場慣行や手順を理由として発生した新たな危険有害要因に直面しています。例えば、テレワークは人間工学上のリスクや心理社会的なリスクをもたらしており、ある調査によれば、回答企業の約65%が在宅勤務中の労働者の士気を保つことの難しさを報告しています。

 業務の過程で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)にかかる深刻な危険に直面している1億3,600万人の保健医療従事者及びソーシャル・ワーカーたちのように、特に影響を受けている職場もあります。さらに、こういった労働者に加え、他の多くの産業部門の必要不可欠業務に従事している労働者も、仕事量の増大、労働時間の長時間化、休息時間の減少に直面しています。職場における暴力とハラスメントの危険も増大し、心身の安寧に影響が出る結果を招いています。

 職場環境に関連した傷病からの労働者の保護は1919年の創立以来のILOの中心的な関心事項です。新型コロナウイルス危機に突入した最初から、労働安全衛生分野のILO基準に含まれる諸原則、とりわけ予防原則はかつてないほど妥当であることが示されてきました。

 未曾有の公衆衛生上の非常事態に直面し、各国政府は公衆衛生制度を通じてウイルスの拡散を抑える措置を素早く導入しました。仕事の世界の関係者、とりわけ労働安全衛生分野の行動主体は、公衆衛生制度を支える人々を含む労働者の保護に向けた緊急対応において決定的に重要な役割を演じています。

 同時に、政策や戦略が労働者の差別につながらないよう確保し、若者や女性、障害者、移民労働者、自営業者、非公式(インフォーマル)経済で働く人々などといった脆弱な状態にある人々に配慮する特別の注意が必要です。

 この危機から学んだ教訓は多々ありますが、その一つに堅固で強靱な労働安全衛生制度が各国に整備されている必要性があります。企業の生き残りと事業の継続性を支えつつ、労働者の安全と健康を守り、今後の非常事態に直面する能力を築けるような仕組みが必要です。

 国内の労働安全衛生制度に含むべき主な要素は、日本も批准する「2006年の職業上の安全及び健康促進枠組条約(第187号)」に定められています。これには、労働安全衛生に関する国内政策、規制・制度の枠組み、職業上の健康に係わるサービス、情報・助言サービス・訓練、データ収集と調査研究、労働安全衛生上のリスクを予防し、これに対応するための企業レベルでの労働安全衛生マネジメント・システム強化のための仕組みが含まれています。こういった仕組みへの投資は、各国が命と生計手段を守り、労働者保護を進めることによって、より良く危機に対応し、そこから回復することを可能にします。

 アジア太平洋地域でも新型コロナウイルスの世界的大流行によって多くの国が労働安全衛生に関する自国の制度の優先的な要素を強化する措置を講じるに至りました。

 例えば、シンガポールは脆弱な集団の保護を目的としてテレワークあるいは休暇に関する規則を新たに制定しました。インドの保健・家族福祉省は新型コロナウイルス感染が疑わしいあるいは確認された労働者及び人々との効果的なコミュニケーションの方法に関する資料を作成し、配布しています。ニュージーランドでは労働衛生の専門家が健康的なテレワークを支援するため、労働者による人間工学的に健全な自宅オフィス環境整備を手助けしています。バングラデシュでは新型コロナウイルスに関連した失業や廃業を理由とした労働者の自殺事例を調べる調査研究が行われ、マレーシアの研究では新型コロナウイルスに関連して移民が直面している特定の危険が分析されています。

 新型コロナウイルスの世界的大流行はさらに、危機対応のみならず、労働安全衛生に関する良好な状態を促進する上での政府、労働者団体、使用者団体による社会対話の重要性を示す好機となっています。新型コロナウイルスのような、迅速でありながら効果的な行動が要請される非常事態に対処する措置を効果的に実行するには、社会対話を通じて構築された信頼の風土が必要不可欠です。社会対話の仕組みの尊重強化とそのような仕組みへの依存は、強靱性を構築し、必要な政策及び実際的な措置に対する労使の従事を奨励する強固な基盤を形成します。

 新型コロナウイルスは疑いなく、世界がこれまでに直面してきたうちで最も深刻な労働安全衛生上の課題の一つです。全ての利害関係者の協調的な行動と公約を通じて、今後も一人ひとりの勤労者の命と健康を守るために必要な、強固で効果的な労働安全衛生に関する国内制度を共に築いていこうではありませんか。

職場における新型コロナウイルス感染症対策好事例

 世界デーに際し、ILOアジア太平洋総局は、地域の政労使による好事例を紹介する広報動画を制作しました。

2021年4月28日発表・英語・2分19秒

 新型コロナウイルスの世界的大流行は労働者を守る強靱で堅固な労働安全衛生制度を構築することの重要性を強調することになりました。アジア太平洋地域の政労使は職場における積極的な新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策を講じています。好事例の一部をご紹介します。

◎韓国の労働安全衛生に関する政策とツール

 労働力の新型コロナウイルス感染率の高さに対応し、雇用・労働省は職場指針を作成しました。労働安全衛生研究院のキム・エウンア院長は、社会的距離の確保、柔軟な勤務時間体制、疑い例の早期特定、職場の消毒を強調するこの指針は、安全な職場の維持に貢献しており、新型コロナウイルス感染症の集団発生が少なく抑えられていると説明します。

◎オーストラリアの全国的社会対話

 新型コロナウイルス感染症全国調整委員会は、従業員と顧客の安全を保ちつつ企業が営業を続けるのを手助けするため、労使関係作業部会を設立しました。セーフワーク・オーストラリアのミシェル・バクスター最高執行責任者(CEO)は、新型コロナウイルス感染症の提示する危険性を現場で管理するのに必要な情報がオーストラリアの職場に届くのを確保するために政労使が迅速かつ熱心に働いたと説明します。

◎インドにおける労使の能力向上

 ILOはケララ州政府と協力して職場における新型コロナウイルス感染症のリスク緩和に関するオンライン研修を実施しました。カーボランダム・ユニバーサル社のナイル・ナンドクマール上級副社長補佐は、この学習に基づき、同社のインド全土の工場において新型コロナウイルスに関する手順を改善・改良・変更し、同僚その他の系列会社と好事例の写真を共有したところ、取るべき必要な行動について迅速に理解してもらえ、職場で改善が実施されたと研修の効果を説明しています。ヒンドゥスタン・オーガニック・ケミカル社のビノドゥ・クマール・パネル操作担当化学技師も、数多くの好事例写真を伴った分かりやすい研修内容のおかげで会社の経営陣と共に改善のアイデアを出すことができ、その結果、多くの良い変化が生まれたと評価しています。

◎インドネシアにおける企業別社会対話

 パナソニック・マニュファクチャリング・インドネシア社は職場で新型コロナウイルス感染症を取り扱う、経営側と労働者の両方を含むタスクフォースを設けました。タスクフォースはまた、政府や地域社会との調整も図っています。工場の組合であるPUKサルブムシのジョコ・ワヒュジ会長は、職場、会社周辺の地域社会、個々の労働者の生活において新型コロナウイルス感染症から労働者を守り、その福祉に貢献する上で、タスクフォースはカギを握る役割を演じていると説明します。タスクフォースを率いるクンドラット・アンドリアンシャハ・グループ長は、タスクフォースの責任事項である新型コロナウイルス感染症の拡大を予防するあらゆる措置の取り扱いは事業の継続性にとって決定的に重要と説明し、安全と健康を保とうと呼びかけています。