ILO新刊:世界賃金報告

『世界賃金報告』2014/15年版:高収入層で男女賃金格差が拡大/賃金成長は世界的に停滞し、危機前の伸び率を下回る/中心的な編者が12月9日(火)午前1時からRedditで質問に回答

記者発表 | 2014/12/05
中国を入れた場合と入れない場合の世界の年平均実質賃金成長率グラフ(英語)へのリンク

 このたび発表になった隔年発行のILOの定期刊行物『Global wage report(世界賃金報告)』の2014/15年版は、世界危機前に約3.0%であった世界の平均賃金成長率は2013年に、前年の2.2%をさらに下回る2.0%に下がったことを示しています。このほとんどすべてが5.9%(2012年6.7%)の伸びを記録した新興経済諸国に牽引されてのものであり、2006年以降1%前後で推移してきた先進国の平均賃金成長率は2012年にはわずか0.1%に落ち込み、2013年も0.2%と低迷を続けています。

地域別賃金変動グラフ(英語)へのリンク

 サンドラ・ポラスキー政策担当ILO副事務局長は、一部で実質マイナス成長となった先進国のゼロに近い賃金成長について、「全体的な景気動向を圧迫し、ほとんどの経済における家計需要の低迷、ユーロ圏におけるデフレリスクの増大につながっている」とコメントしています。報告書執筆者チームの一員であるILOのクリステン・ソベック経済専門官は、この10年で先進国と途上国・新興経済諸国との平均賃金の差がゆっくりと縮まってきている現状を指摘していますが、依然、前者は後者の平均約3倍になっています。途上国の中でも地域ごとのばらつきが大きく、2013年の賃金成長はアジアで6.0%、東欧・中央アジアでは5.8%であったのに対し、中南米・カリブではわずか0.8%、そしてデータが不完全であるもののアフリカでは0.9%であったと見られます。

先進国における平均賃金と労働生産性の成長動向を示すグラフ(英語)へのリンク

 他のほとんどの地域を上回る賃金成長を示すアジア太平洋地域については短い補遺が別途作成されています。『Wages in Asia and the Pacific: Dynamic but uneven progress(アジア太平洋の賃金:活発ながら不均等な進歩・英語)』と題する補遺は、東アジア、東南アジア・太平洋、南アジアの三つの小地域間の違いは大きく、主として中国の急成長に牽引された東アジアの実質賃金が今世紀に入ってから3倍に伸びたのに対し、他の地域では1.5倍程度の成長しか見られなかったことを示しています。また、アジア太平洋地域では依然として全体の3分の1の労働者とその家族が1日1人当たり2ドルの貧困線を下回る暮らしを送っており、不平等も増加していること、男女平等に向けた歩みも遅々としていることを明らかにしています。補遺は、アジアの衣料部門、中国の民間企業、タイの製造業、インドの農村労働者、太平洋島嶼国の状況を特に取り上げています。そして、政策行動が推奨される分野として、最低賃金設定制度の強化、団体交渉の強化、確固とした政策策定基盤の形成に向けた、より包括的で時宜を得たデータの収集と配布の3点を挙げています。

 先進国では2008、09年の金融危機の一時期を除き、労働生産性(就業者1人当たりが生み出す商品・サービスの価値)の伸びが賃金成長を上回る長期的な傾向が続いています。格差の拡大はとりわけ先進国では労働分配率の低下、資本分配率の上昇に転換され、勤労者世帯に得られる経済成長の分け前はますます少なくなってきています。ポラスキー副事務局長は、「公正さと経済成長の問題として」賃金低迷に取り組むことを提唱しています。

幾つかの国における世帯所得不平等の趨勢を示すグラフ(英語)へのリンク

 「賃金と所得の不平等」を副題に掲げる報告書は、世帯所得の不平等に関する最近の動向とそこにおける賃金の役割についての詳細な分析を含んでいます。中所得世帯を中心に賃金は世帯の主要収入源であり、少なくとも構成員の一人が生産年齢にある世帯で賃金が所得に占める割合は先進国ではしばしば7~8割に達し、自営業が多い新興経済諸国・途上国では通常これより低くなるものの、メキシコ、ロシアなどでは約5~6割、ベトナムでも3割程度となっています。著者の一人であり、計量経済学者でもあるILOのロサリア・バスケス=アルバレス賃金専門官は、「多くの国で不平等は労働市場、とりわけ賃金分布と就業構造から始まる」と指摘しています。最近の不平等の趨勢にはばらつきがありますが、米国やスペインなどのように不平等が増した大半の国で賃金と就業形態における変化がその支配的な要因になったのに対し、ブラジルやロシアなどのように不平等が縮小した国では賃金のより公平な分布と雇用者の増加が不平等縮小の推進力になったことが示されています。

マウスでグラフに触れると数値を見ることができます
 

 報告書はまた、平均4~36%の男女賃金格差が高収入層では絶対値でさらに拡大することを示しています。例えば、2010年の欧州の数値で見ると、男女それぞれ下位10%の所得者層では女性の月収は男性より約100ユーロ少ないのに対し、上位10%ではこの差は700ユーロ近くに達していますが、報告書が分析対象とした世界38カ国のほぼすべてで同じ傾向が見られます。報告書は男女賃金格差には複雑な原因があり、ある程度国によって異なると断った上で、格差には報酬に影響すると思われる教育水準や経験などの観測できる特性によって「説明できる部分」と、こういった特性で調整した後も残り、したがって労働市場における差別を推測させる「説明できない部分」の二つがあるとし、この説明できない部分を消去すると、スウェーデンやブラジル、ロシアなど、38カ国中の半分近くで女性の方が賃金が高くなるであろう逆転現象が起こることを示しています。同じように説明できない賃金格差によって賃金が低くなっている集団には、他に移民労働者やインフォーマル経済で働く労働者が挙げられます。報告書はさらに、子供のいる女性といない女性の賃金格差も分析し、例えば、メキシコでは前者が後者の約33%、ロシアでは約2%低いことを示し、子供がいることが全体的な男女賃金格差の背景にある理由の一つに数えられると指摘しています。

一部の国について、男女賃金格差の説明できない部分を消去する前と消去した後の平均賃金格差(注)
先進国
新興経済諸国・途上国
(注)中国については2009年、先進国とベトナムについては2010年、チリについては2011年、アルゼンチン、ブラジル、メキシコ、ペルー、ロシア、ウルグアイについては2012年データ

 ポラスキー副事務局長は、全体的な不平等の相当部分が賃金不平等によって推進されていることを指摘して、それに対処する労働市場政策の必要性を説いています。そして、税や社会的保護といった財政再分配の仕組みだけでは不十分として、「最低賃金政策、団体交渉の強化、脆弱な集団に対する差別の撤廃、累進課税政策、十分な社会的保護制度などを含む包括的な戦略、中小企業を中心とした実体経済で活動する企業向けのより良い支援」の必要性を説いています。報告書を作成したILO労働条件・平等局のマヌエラ・トメイ局長は、「男女賃金不平等の克服」を、包摂的な成長を確保する上で決定的に重要な要素と位置づけ、このためには「様々なレベルでの持続的な努力が必要」として、「女性の役割と望みに関する性別に基づく固定観念の打破、賃金構造及び賃金設定機構における性に基づく偏りの是正、家庭責任の平等な分かち合いの唱道、母性休暇・父親休暇・育児休業政策の強化」などを通じて男女同一賃金を促進する必要性を説いています。

 報告書はこれらに加え、ILOの同一報酬条約(第100号)に沿って同一価値労働同一報酬の権利を付与する法制や司法を通じてこの権利を請求できる機会の整備などといった職場及び家庭で男女平等を促進する政策を含み、賃金不平等の是正に向けた提案を様々に行っています。また、多くの国が賃金の抑制や社会給付の切り下げによって輸出増を狙った場合、結果として産出高と貿易の深刻な縮小が促進される可能性を指摘して、国際的に調整を図った戦略の必要性も唱えています。

パトリック・ベルザーILO上級経済専門官
 

 なお、12月8日(月)GMT16時(日本時間翌9日午前1時)から、報告書の中心的な編者であるパトリック・ベルザーILO上級経済専門官がソーシャル・ネットワーク・サービスであるRedditの「Ask Me Anything(私に何でも聞いて)」コーナーを通じて、報告書に関する一般の方々からの質問にお答えするオンライン・ライブイベント(英語)が開催されます。

ベルザーILO上級経済専門官が『Global wage report』2014/15年版を2分以内で解説(英語)

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 以上は次の四つの英文記者発表の抄訳です。