活躍する日本人職員 第6回:内村江里

内村江里
国際労働機関(ILO)ジュネーブ本部
部門別政策局
ジュニア・プロフェッショナル・オフィサー(JPO)

略歴

大阪府堺市出身。大阪市立大学医学部看護学科卒業後、医療機器メーカーに営業職として勤務。2009年にワーキングホリデービザで渡英し2010年よりロンドン大学School of Oriental and African Studiesにて社会人類学修士課程を修了。その後も英国を拠点とし、企業のESG (社会、環境、ガバナンス) パフォーマンス評価を行う独立調査機関にてリサーチアナリストとして勤務。社会的責任投資を新興市場への投資にも導入し、非財務要因によるリスクを低減のための調査研究事業に携わる。その後、企業の社会的責任(CSR)分野のコンサルタントを経て、世界最大手ファストフード企業のグローバルサプライチェーンにおける労働者の人権や労働安全衛生の保障を目的とした監査プログラムの欧州市場担当マネージャーとして勤務。発展途上国における労働現場の実態を把握する必要性を実感し、2014年よりAsian Peacebuilders Scholarshipの奨学生として国連平和大学(コスタリカ)、アテネオ・デ・マニラ大学(フィリピン)にて開発経済学と国際政治学の修士号を修了。在学中に外務省のJPO派遣制度に合格。2016年よりILOジュネーヴ本部部門別政策局にて主に農村経済におけるディーセントワーク推進プログラムに従事。

ILOでの任務についてお聞かせください。

ジュネーブ本部で部門別政策局の中の林業・農業・建設業・観光業部門を扱う課に所属しています。その他にもサービス産業・教育・炭鉱業など様々な産業部門の専門家が各産業別の労使団体及び加盟国政府と協力し、部門別の課題を社会協議する橋渡しをすることを主な役割としています。農業、漁業、林業といった農村経済の多くを占める産業部門の専門家を有し、ILOにおける農村経済への介入を牽引する責任を担っています。

ILOによる農村経済発展支援の歴史は1919年の創立時にまで遡り、国際労働基準の中には約30の農業や農村開発に直接的に関与するものが存在します。2000年代中頃より、ミレニアム開発目標 (MDGs) の達成を目指す中、貧困層の80%が暮らす農村地域発展における雇用及びディーセント・ワーク推進の重要性が高まり、重点課題の一つとして戦略的な介入をしてきました。2015年にスタートした持続可能な開発目標 (SDGs)に関しては、ディーセント・ワークに重きを置いたSDG8はもちろん、貧困削減(SDG1)、飢餓撲滅(SDG2)、気候変動対応(SDG)など多くのゴールに関連しています。都市部の労働者と比較してそれまで支援や対話の対象から除外されることの多かった農村経済における労働者を包括的に開発ゴールに巻き込むことは、まさにno one left behindというSDGsのテーマに沿っており、2030年のゴール達成にどのように貢献できるかを念頭に置きながらチームの計画を立て実行しています。

組織横断的なテーマであるため、他局や各国オフィスの専門家との協力は不可欠です。入局して初めての仕事は世界各国のオフィス、本部他局の関連専門家が勢揃いし同分野の進捗状況の報告をする四半期に一度の会議の準備と報告書作成でした。まさに本部らしいグローバルレベルの職務内容だなと感じたことを覚えています。引き続き、局内のプログラミング担当として、農村地域におけるILOの各国での活動のモニタリング・評価及び、児童労働など関連する他の分野とのコラボレーションの戦略的分析をしてきました。

JPO2年目にはグローバルレベルの能力開発の中で主な活動となるRural Development Academyというトレーニングコースの企画調整から実施、評価までを担当しました。FAO やIFAD、 UNIDOといった農村開発における主な国際機関とも協力する必要があり、他機関のことを知る良い機会にもなりました。その他にも、農村における女性のエンパワメントを推進するにあたり、政策ツールの執筆、ILOを代表して他の国際機関との合同会議への出席及びILO内のジェンダー問題を専門に扱う部署やUN WOMENとのコーディネーションや実際に自局に分担された業務の実行を担当しています。

3年目の今は農村経済における若年者雇用に関する政策ツールの作成や新年度立ち上げ時期のプログラム計画管理等に追われています。最近ではさらに若手のスタッフの採用や育成にも関わり、マネジメントレベルの職務も少しずつ勉強しています。


国際機関で働くようになったのは、どのような経緯からですか?

私は他の日本人国際機関職員の方々と比べると遅咲きの方だと思います。25歳の時に英国で社会人類学の修士課程に在学中に、植民地支配終焉後も続く南北の力の不均衡の是正という観点から国際協力の分野に初めて興味を持ちました。修士論文の執筆と並行して卒業後の関連の仕事を探していた時に、社会的責任投資の判断材料となる投資先企業の調査・評価をするインターンシップをする機会を見つけました。そこでは先住民の土地の権利といった人類学的な分野だけでなく、児童労働・強制労働や企業活動による環境負荷、性差別など幅広い観点から企業の経済・環境・企業統治(ESG)パフォーマンスを分析しました。

約1ヶ月後には世界銀行と共同で立ち上がった大手途上国企業のESG側面を調査するプロジェクトに調査員として採用され、1年弱勤務しました。その後も企業の社会的責任(CSR)の分野で経験を積みたいという希望があったため、トレンドの発信地である欧州に残りました。2013年から従事したマクドナルドの欧州市場サプライヤーによる労働者の人権や労働環境に関する行動規約遵守を目的とする監査プログラムのマネジメントをする中で、グローバルサプライイチェーンの中でも欧州より労働者搾取の温床となりやすい途上国での現状を理解したいという気持ちが強まって行きました。

そんな中、日本財団によるAsian Peacebuilders Scholarshipに合格し、2015年中旬より再び大学院生として開発経済学と国際政治学をフィリピンとコスタリカで学ぶべく人生で初めての途上国に居住する決意をしました。それまでの民間セクターの環境から一転し、政府、NGO及び国際機関のバックグラウンドを持つ学生たちが大多数を占める大学院生活の中で、国連の立場から労働問題に携わることへの興味を持ちました。

コスタリカで在学していた国際平和大学ではILOサンホセ事務所による国際労働法に関するコースも履修し、ILOの三者構成やフラッグシッププログラム、開発協力プロジェクトについて理解を深める機会もありました。フィリピンはマニラで修士課程の後半にJPOプログラムに合格し、修了後現在勤務する局への配属が決まりました。

若手職員に求められる資質、また特有のエピソードはありますか?

インターンを含めた若手職員で技術的職務者の場合は多くの時間を政策提言や政策ツール、出版物のためのリサーチ及び執筆に費やすことが一般的だと思います。よって、英語によるリサーチと文章力は必須です。細かい表現は最終的に英語圏出身の同僚が編集してくれることが多いですが、なるべく最終稿に近いものを提出できるように日々努力しています。また、ILO本部には仏・西語圏出身の職員も多く、若手職員でも英語以外の第2外国語も本部ではできて当たり前の環境であり、多くの空席公募の応募条件にも職務レベルの第2外国語能力が含まれます。よって、学生時代からそのことを念頭に準備されることをお薦めします。

また、個々人による所もあると思いますが、日本の職場環境と大きく違う点として、新人にメンターがついて手取り足取り指導してくれる先輩がいる訳ではないということがあります。それゆえ、特に若手職員にとっては忙しい上司やシニアスタッフに積極的に自ら声をかけ指導を仰いだり疑問をきちんと解決するコミュニケーション能力、また自分のキャリア形成計画を自らしっかりと管理する能力を身につけることが充実した勤務経験を積むためにも非常に重要だと思います。

一方で、ILOには先輩職員の多くが快く若手職員との面談に応じてくれ、経験のシェアやアドバイスをしてくれるという文化が根付いており、私も入職直後から今までの2年間で数え切れないほどの先輩にお世話になってきました。自分の日常の職務だけでは組織全体の活動を把握することは難しいので、そのような機会を利用して他局の役割や動向の理解を深めたり、自局とのコラボレーションの可能性を探るようにしています。積極的にネットワーキングを続ける中で、今では上司に私のネットワークを頼ってもらえるまでになりました。

機関によって差はあると思いますが、多くの国際機関、特に本部では専門性の高さが求められることもあり、インターンを除くと若手職員の数はあまり多くありません。ILO本部の場合、その中でもほとんどは短期契約職員のため、就職活動の話をすることは非常に日常的です。ネットワーキング術から有用なウェブサイト、履歴書の添削が上手なシニアスタッフ情報までお互いにライバルでありながらも情報交換は盛んです。



他国のJPOも含めたILOのJPO全体で月一回昼食会もしています。中にはJPO4年目の人もいるため、経験談は非常に参考になります。また、JPOでない若手職員は不安定な雇用条件をくぐり抜けてきた強者ばかりなので、彼らのアドバイスもよく聞くようにしています。同時に、JPOで2年間一貫して勤務できることのありがたさも日々感じており、その強みを生かすための戦略を立て実践する活力にもなっています。

また、職員同士の公私にわたる交流も国際機関で働く上で特有の魅力だと思います。ILOで勤め始めてから、驚くほど多くの生涯を通じて付き合っていきたいと思える友人に巡り会いました。世界各国出身で年齢性別、専門分野まで様々ですが、本当に優秀で人間性にも優れた彼らとの会話はいつも刺激的で飽きることがありません。休日もアルプス山脈でのハイキングや旅行などを一緒に楽しんでいます。ILOで得た職務経験だけでなく、彼らに出会えたことが今後財産になっていくと思います。