グローバル・リサーチ・ウェビナー

「デジタル経済における仕事のより輝かしい未来に向けて」

9月30日、国際労働機関(ILO)と上智大学は「デジタル経済における仕事のより輝かしい未来に向けて」と題するグローバル・リサーチ・セミナーを行いました。
このウェビナーは、日本政府が拠出する「ICTにおける仕事の未来」プロジェクトの2年半に及ぶ調査を総括するものであり、カナダ、中国、ドイツ、インド、インドネシア、シンガポール、タイにおけるICTスペシャリストのスキル不足、スキル開発戦略、国際的な労働力移動のガバナンスについて、ILOの調査プロジェクトにより得られた主要な成果を共有するものです。
ウェビナーには世界各国から270人を超える参加者がありました。多数の参加者、興味深い報告、そしてノッツィフォ・シャバララ氏の素晴らしい司会進行により、当日は、ICTスペシャリストのスキル不足やスキル開発、国際的な労働力移動について活発な意見交換が行われました。当日のビデオはこちらをご覧ください。
(1)開会挨拶 (2)基調講演(3)パネルディスカッション1「ICT分野における能力開発への投資」(4)パネルディスカッション2「ICT分野における国際的な労働力移動のガバナンスの改善」(5)閉会挨拶

ウェビナーのサマリー報告書はこちらをご覧ください。

議論の要点:


1.    急速に変化するグローバルなデジタル経済において、スキルへの投資はますます重要になっている

 
  •  デジタル技術とICTセクターは経済のバックボーンとなっています。アレット・ヴァン・ルール氏(ILO本部部門別政策局長)は、開会挨拶において「新型コロナウイルス感染症のパンデミックは仕事の世界におけるデジタル技術の重要性を明らかにした。多くの人々が、これらの技術により、リモートワークやリモート学習が可能になった」と強調しました。麻田千穂子氏(ILOアジア太平洋地域総局長)も、新型コロナウイルス感染症後の復興をより良くすることを助けるものとして、技術の役割と人材への投資を強調しました。
  •  しかし、デジタル化は課題も生み出します。例えば、自動化による失業や格差の拡大です。この点につき、大隈和英氏(厚生労働大臣政務官)は、失業リスクが高い産業から、スキルのニーズが拡大しているデジタル分野に雇用を転換する必要がある、と強調しました。それに加え、曄道佳明氏(上智大学学長)は、デジタル化は「デジタルスキルを持つ者と持たざる者」の格差を拡大させるのではないか、という懸念を表し、このギャップに対処することは、持続可能な開発目標8(働きがいも経済成長も)の達成に向けて進んでいくにあたり必要である、と述べました。
  • 世界はICTスペシャリストの不足に直面しています。これはICTセクターに限らず、他のセクターにおいても同じです。基調講演において、二コラ・デュル氏(ドイツEconomix Research&Consulting共同経営者)はILO調査プロジェクトの成果について報告し、ICTスペシャリストの半数以上はICTセクター以外で働いている、と述べました。
  • ILOの調査は、急速な技術革新により、技術的スキルに加えてソフトスキルが重要となることも明らかにしました。また、ICTセクター以外におけるテクノロジーの役割の拡大により、教育訓練機関は学際的なアプローチにより焦点を当てる必要があります。


2.    デジタル経済におけるスキル不足に対処するための革新的な取組が各国で行われている

  • 日本も含め、多くの国が高度ICT人材の不足に直面しています。日本においては2025年までに、43万人のICT人材が不足すると予測され、「2025年の崖」として知られています。井内雅明氏(厚生労働省総括審議官)は、厚生労働省がIT関連の職業訓練を失業者や労働者に対して提供するとともに、人材不足が特に深刻な中小企業に資金の補助を行っていることを報告しました。
  • もし日本がデジタルトランスフォーメーションを実現できなければ、2025年には経済的損失は年間12兆円に上る可能性があります。春川徹氏(情報産業労働組合連合会(情報労連)政策局長)は、日本のデジタルトランスフォーメーションを阻害するものとしては、新技術への投資の欠如やICTスペシャリストが他のセクターには少なく、ICTセクターのみに集中していることを挙げています。
  • 西明尚隆氏(富士通(株)人事総務本部人材開発部シニアディレクター)も、デジタルトランスフォーメーションを促進することは日本の使用者団体にとっても重要性が高いことを指摘しました。また、富士通はICT人材開発を加速させるため「Digital College」を創設しました。研修では、デジタルトランスフォーメーションの促進に不可欠な「デザイン思考」の重要性を強調しています。
  • アレクサンドラ・クータン氏(カナダ情報通信技術協議会(ICTC) 研究政策局長)は、デジタル経済におけるスキル不足に対処するためには需要のあるスキルを予測できるシステムへの投資が重要である、と述べました。このようなシステムの有用性は、カルガリーの石油・ガス産業の低迷後の事例によっても実証されています。カルガリーでは多くの熟練労働者が職を失いましたが、効果的なスキルマッピングのシステムと集中的な訓練キャンプにより、失業者がICTセクターにおける新たな雇用機会を得ることに成功しました。
     

3.ICT人材をより多様で包摂的なものにしていくことがスキル不足に対処する核心となる

 
  • ICTはいまだに男性優位の分野です。ILOの調査では、調査対象となったほとんどの国において、ICTスペシャリストとして働く女性の割合は、他の職種における女性割合の平均に比してかなり低いということが明らかになりました。ICTCのクータン氏もこの問題に言及し、大学と企業の連携を強化することにより、女性の役割を推進してICT分野における新たなキャリアの可能性を広げる、といった効果的な取組の事例を紹介しました。
  • ICTセクターにおけるギグワーカーの数も増加しており、その保護も重要な課題となります。春川氏は、フリーランサーも含めて、未組織のICT労働者へのカウンセリングサービスを提供し、その労働環境を改善するという情報労連の最近の取組を紹介しました。
  • ILOの調査では、ICT人材は若い傾向にあり、中高年の労働者が潜在的な人材プールであることが明らかになりました。パトリック・テイ氏(シンガポール労働組合協議会(NTUC)書記長補)は、中高年労働者のICT分野への参入の重要性を更に強調し、NTUCは中高年層のスキル向上、スキル転換を支援する取組をしている、と述べました。
  • スキル不足とICTスペシャリストをめぐる激しい競争は国際的な労働力移動につながります。マリアン・デュンクラー氏(ドイツ連邦雇用庁国際サービス部門職業紹介専門官)は、セクターレベルのスキル不足は、ドイツにおける国際的な労働力移動の主要な要因となる、と述べました。経験豊富なICT人材はドイツ企業で広く必要とされています。そのため、スキルのミスマッチを防ぐための詳細な人物像のマッチングを行ったり、査証の規制の一定の例外を設けたりするなどの取組がなされています。また基礎的なドイツ語は社会になじんでいくために不可欠なため、語学習得の支援も行われています。
  • ナタリア・ポポヴァ氏(ILO移民部門労働経済学者)は、外国の資格の認定は国際的な労働力移動を阻害する主要な要因であると指摘しました。これに関して、マウラヒクマー・ガリニアム氏(インドネシア・スイスドイツ大学工学・情報技術学部長)は、スイスドイツ大学では海外の他大学と連携してインターンシップやダブルディグリーのプログラムを行い、学生のキャリアを支援している、と述べました。
  • しかし、高度人材の大規模な海外への移住により「頭脳流出」が懸念されています。この点につき、パーサ・バナジー氏(インドDEFTコンサルタント研究所長)は、グローバル・インハウス・センター(GIC)を設置することが、頭脳流出の問題に対処し「頭脳循環」を促進する方策となり得る、と述べました。GICは高度人材の国内確保につながり、スキル移転の機会を拡大させ、知見のネットワークを形成することにつながります。ILOのポポヴァ氏は移民コミュニティのディアスポラとの連携も頭脳流出の懸念に対処することに資すると付け加えました。

ウェビナーは浦元義照氏(上智大学特任教授)、有馬利男氏(グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン代表理事)、大森真紀氏(日本ILO協議会理事長)、高﨑真一ILO駐日事務所駐日代表からも閉会挨拶で知見を共有いただきました。