「仕事の未来」― ILO創設100周年イニシアチブ(抄訳)

2015年第104ILO総会 事務局長報告

第1章 「仕事の未来」 ILO創設100周年イニシアチブ


2013年の第102ILO総会に提出された事務局長報告において、100周年を迎えるILOの長期的課題を示しました。社会正義の実現に向けて使命を果たすことができるよう、変化し続ける仕事の世界を理解し、効果的に対応する必要性について議論する場として、
ILO創設100周年に向けた7つのイニシアチブの1つ、「仕事の未来」イニシアチブが提案されました。その主旨は第102回総会での議論を通して加盟国に共有され、ILO創設100周年の中心課題として位置づけられています。

 

【コンセプト】

創設100周年という節目は、仕事の世界の変化に対して、ILOに何が求められているのかを、より広範で長期的な視野に立って考える絶好の機会です。このイニシアチブには、高い志を持つ政労使、学識者、その他世界中のすべての関係者の参加が求められます。関係者が議論に参加するための適切な枠組みをどう提供できるか、またこのイニシアチブが結果を出さなければならないものである、との明確な認識をもつ事が、成功の鍵です。そして、このイニシアチブは社会正義の理念に資するものであり、拡大する不平等に働きかけるものでなければなりません。仕事の世界に起きている大きな変化に適した任務や手段も示す必要があります。

【プロセス】

仕事の未来イニシアチブには、3つの段階があります。まず、広範な参加を政労使三者、国際機関、研究機関、大学、市民社会、個人などに促進し、次に、仕事の未来に関するハイレベル委員会を設置します。最終段階である2019年前半で、加盟国はILO創設100周年記念イベントを開催し、ILOとの歴史的なつながりを振り返りつつ、仕事の未来イニシアティブが提起した課題を議論、第108ILO総会では、ハイレベル委員会の報告書を全体会合で討議し、技術委員会で特定のテーマを扱います。さらには、ILOの次の100年への方向性を示す「100周年宣言」の採択が期待されています。

 

第2章 今日の仕事の世界



仕事の世界の未来を考える上で、まず現状についての理解は重要です。

【仕事、貧困、社会的保護】

  • 世界の失業者数は、今日2億人を超え、金融危機が勃発した2008年と比べて3000万人の増加。とりわけ若年失業は平均失業率より2倍以上高い。
  • 女性の労働市場参加率は、男性と比べておよそ26%程度低く、男女の賃金格差も依然として20%以上である。女性の多くは非正規雇用や無償の家族労働に従事。
  • 毎年4000万人が労働市場に新規参入し、2030年までに6億を超える新たな仕事を創出する必要がある。産業別に見ると、49%がサービス業、29%が農業、22%が工業に従事。
  • 65歳以上の高齢者が世界人口に占める割合は、現在の8%から2040年には14%に増加。
  • 極度の貧困状態にある人々は近年減少しつつあるが、いまだに約31900万人が11.25米ドル未満で暮らしている。
  • 労働が国内総生産に占める割合が70年代中頃の75%から2000年中頃の65%に著しく低下(先進国のデータ)するとともに、不平等も過去40年間に多くの国で拡大。適切な社会的保護基盤があるのは世界人口の27%にすぎない。

【生産の国際化】

グローバル化は生産システムの国際化を生み、グローバル・サプライチェーンが急速に普及しました。経済発展への新しい扉が開き、数多くの人に貧困から脱却する雇用主導の道筋がもたらされた一方、世界的な競争により、労働条件や、基本的権利尊重の低下が生じています。さらには、仕事を求める移民労働者の増加も見受けられ、その数は今日、23200万人(1990年と比べ50%以上の増加)にも及んでいます。このような移民労働者は、受入国の労働市場に大いに貢献する一方で、しばしば高い失業率や保護の欠如、人種差別にも直面しています。

【仕事の質】

世界の労働力の半数がインフォーマル経済に従事しています。途上国だけでなく、先進国においても増加しています。また、労働災害により毎年約230万の労働者が命を失っています。労働災が労使や社会保護制度全体にもたらす社会経済的費用は、世界全体の国内総生産の4%に相当します。仕事における精神的ストレスがもたらす人的損失や経済的費用についても、認識が広まっています。先進国で、健康状態や障がいのために働けなくなった労働者の数は、今や失業者数を上回っています。未だに16800万人の子どもが児童労働に従事し、2100万人が強制労働の犠牲になっています。仕事の世界には、今でも、性別や民族、宗教、障がいなどの理由に基づく根深い差別があります。このような、仕事の世界を取り巻く状況は、あらゆる政策領域における官・民、国内、国際的な無数の決定の積み重ねの結果であり、その未来も私たちが作るものです。私たちが望む仕事の未来を作り上げるかどうかが課題となっています。

 

3章 100周年に向けた対話

仕事の未来イニシアチブの第一段階は4つの「100周年に向けた対話」から成り立ちます。

【仕事と社会】

 
社会正義を実現する上で、社会における仕事の役割(位置づけと機能)は重要であり、今後も指針となり続けるものです。仕事の目的は、人間の基本的なニーズを充たすことにあり、生きていくための物質的なニーズに始まり、自己実現の達成、世の中の役に立ちたいという精神的なニーズにまで及んでいます。職場は社会とのつながりをつくる場であるため、仕事の未来は、我々の社会の未来に大きな影響を及ぼします。

生涯に一つの仕事という観念から、より柔軟で、短期的、流動性の高い仕事に変化している現在において、長期の安定した雇用関係が生み出していたものが崩れ、労働者が不安定で孤立した状況に置かれる危険が生じています。他方、流動性の高い労働市場は個々の労働者に今までにない選択肢や報酬を提供してくれるとの見方もあります。実際、その両面が、分節化された不平等な労働市場に共存しているのです。

【ディーセント・ワークをすべての人に】

これからの仕事はどこから生まれ、それはどのようなものになるのでしょうか。世界は、雇用水準を危機以前に戻すために、2030年までに新たに6億の仕事を創出する必要があります。ILOは、完全雇用の促進と、生活水準の向上を目指して、これらの仕事がディーセント・ワークの質の基準を充たすものとなるよう尽力しています。

今後創出される仕事に有望とされる分野としては、環境やヘルスケアビジネスが挙げられます。また、科学技術の革新(ビッグデータ、3D印刷、ロボット技術等)が雇用に及ぼす長期的影響も取り上げる必要があります。さらには、若者、女性、障がい者など、労働市場における不利な立場にある人々について、根深い構造的問題への対応が遅れについても取り上げる必要があります。問題の背景には、グローバル経済のマクロ経済的運営の問題があります。この運営が、持続可能で、強く、バランスのとれた成長を回復することに成功すれば、すべての人にディーセント・ワークを実現する目標も、相応に進展します。この議題についても本対話に組み込まれる必要があります。

【仕事と生産の組織】

グローバル化経済は、技術革新、競争力強化、政策課題の変化、地域情勢の緊迫化などによって急速に変化し、作業や生産組織は大きく変容しています。企業では、従業員との雇用関係は古典的な無期限のフルタイム契約から、様々な契約形態(部分就業のパートタイム、有期限契約、柔軟な契約など)へと変化しています。このような流動化の中、賃金・俸給被用者の割合が増加する長期的傾向は失速しています。労働市場の進展を、インフォーマルからフォーマル雇用への移行と図式化することは、適切ではなくなるかもしれません。

そうした変化は、社会正義を追求するILOにとってどのような意味をもつでしょうか。仕事の世界における変化は、社会全体に対して幅広い政策課題をもたらします。新たな現実に対応できるようにするため、税制や社会的保護システムが進められています。このような調整がなされなければ、労働市場を超えた主要な公共政策分野で混乱が生じる危険があります。仕事の世界と実体経済に対して強い影響力を持っている金融制度の役割についても本対話の中で議論される必要があります。

【仕事のガバナンス】

仕事におけるガバナンスは、法や規制、自発的な協定、労働市場制度、政労使協議を通じて実践されています。ILOは、これらのガバナンスツールを国際レベルで適用できるよう、政労使三者協議に基づくILO総会の場を通じて国際労働基準を設定し、批准された条約が国際法となり、ILOの監視機構の対象となることを通じて、その活用を図っています。ILOは、政労使三者と社会対話の過程を仕事のガバナンスの鍵とみなしています。強力で、民主的かつ独立した組織が、相互の信頼と尊重に基づいて協議することが、信頼できる社会対話の前提条件となります。対話もまた、仕事の未来を決める上で重要な役割を果たします。

 

第4章 社会正義の未来


現在の社会、経済、政治的混乱によって、社会正義の実現は大変困難な状況にあります。多くの国において、不公正感は社会を不安定にする最大の原因です。仕事の世界の問題に日々取り組む機関の究極目標を、社会正義と定めたILO創設者たちの想いは、ほぼ
100年を経た今も変わっていません。ILOに集う政労使三者もまた、常に社会正義の実現を目指して進まなければなりません。

仕事の未来に関する100周年イニシアチブは、社会正義の未来と関連しています。議論の成果は、社会正義を進める上で、ILOに重要な指針を与えます。加盟国政労使の本議題への関心は高く、議論の活性化に大きく貢献することが見込まれます。そして、世界中がその議論の成果に期待を寄せています。